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マサヤス 龍之介
#日本映画古典
☆『マダムと女房』/ 松竹蒲田作品
1931年昭和6年封切 監督:五所平之助 原作・脚本:北村小松 撮影:水谷至宏 ギャグマン:伏見晃 出演:渡辺篤 田中絹代 伊達里子 小林十九二
※ 劇作家の芦野新作(渡辺篤)は東京郊外の文化住宅を借り、新作の脚本を依頼されて張り切って仕事に取り掛かるが、猫鳴いたり子供がムズがったりしてやかましたくて仕事に集中出来ない。その上、隣家からは一日中うるさいジャズを蓄音機でがなりたてるので、カッとなり怒鳴り込む。
しかしそこには美人のマダム(伊達里子)がいて、芦屋先生は忽ち丸めこまれてしまう。マダムは芦屋のために、♬スピードアップホー を唄ってくれた。芦屋はすっかりほだされて帰宅する。家ではマダムのことで嫉妬する女房(田中絹代)を一喝して、上機嫌で脚本の執筆に励むと見事な出来栄えの脚本が完成。折しも空は快晴、隣のマダムは今日も陽気に♬私の青空 を唄っている。
日本初のトーキー映画として松竹をあげて急ピッチで製作。トーキーの特製を生かしたストーリーで特に波乱もない、松竹製ライトコメディの誕生はその後の松竹路線の典型となる。欧米映画のトーキー化の波が我が国にも押し寄せたのだが、トーキーを撮るとなると、専用スタジオの建造は急務だったのだが、我が国の映画資本はまだジリ貧で、この体制がで揃うにはあと数年は掛かることから、サウンド版と言う形式的にはサイレントなのだが、唯一音楽が付くという映画の傾向が暫くは続く。そこで、1933年昭和8年にPCL研究所が発足。若き日の井深大など後のソニーを創立させる人物が技師として雇われて、数年後阪急グループ総帥の小林一三により買収されて東宝映画となる。東宝は最初からトーキー在りきの映画製作会社だったのだ。

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