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HALHAL

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小森谷渓谷の源氏と平家の物語、、こないだの続きですけど。田辺ジオパーク研究会さんとこのを短くしました。それでも長いので、歴史とか鎌倉殿の13人とか好きな人に。

1180年、宇治川の平家との死闘の末、源頼政は敗れ自害、長男次男は討死、五男源頼氏は和歌山、龍神に落ち延び、武士を捨て、刀を捨て、この地で百姓として生きていた。農民は彼を敬い、高台に館を立てたそうだ。
その頃都落ちした平維盛がこの地に落ちて来ていた。配下の武将はこのままでは維盛が見つかってしまうと思い、この地の領主である頼政に打ち明ける。
宇治川の戦いのことを思い出し、怒りに震える頼氏。維盛は宇治川で戦った不倶戴天の敵だった。強い怒りと憎しみに震える頼氏の気持ちを察し、維盛の家臣は小刀を差し出す。そして自分の命と引き換えに維盛を許して欲しいと願い出る。。
そして頼氏は怒りを抑え、維盛を許すのである。。
その後維盛から手紙が届く。
小森の落人を龍神領の百姓として末代まで可愛がっていただけますようお願い致します。
と書かれた手紙を読み頼氏は涙したのです。

その後頼氏から壇ノ浦にて平家滅亡の知らせを受けた維盛は護摩壇山へと登り、吉凶を占います。凶との結果を受け、希望を無くした維盛は那智の滝に落ちました。
そのことを知った家臣の衛門と嘉門は小森谷渓谷を上り、身を投げました。
維盛と恋仲であったお万はそのことを知り、野菊模様の着物に最初で最後の薄化粧をして小森谷渓谷を上りました。もはや使うことはないであろう白粉を滝に流しました。もう少し上った所の滝に紅を流しました。そして歩みをすすめた先の深い淵で亡くなったそうな。。
白粉を流した滝が白壺の滝、紅を流した滝が赤壺の滝、亡くなった淵はお万が淵、衛門と嘉門が自死した滝は衛門と嘉門の滝と言うそうで。
お万の悲しみが残っているから今でも白壺は岩肌が白く、赤壺は赤いそうです。

地質学的にはスラスト地形で赤色チャートと白色チャートが〜みたいな話らしくて、そういうロマン完全無視、現代的に合理的に考えるのも面白く、そういう地形の実話?伝説?に想いを馳せて眺めるのも楽しいですね。
行ったことないけど。
いつか行こっと。
#鎌倉殿の13人
#歴史
#地学
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コメント

tan

tan

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時代は流れても 人の心はそれ程大きくは変化しませんね。素敵な逸話です。

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HALHAL
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そうですよね。価値観は違えど根本的には変わらないんだなぁと思わされました。
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