投稿

Ty Hassy
以上、ずっと抽象的な話が続きましたので、この辺で上記の抽象的な話を我々の実生活に当てはめて考えてみたいと思います。
ここにAさんという人がいます。Bさんという女性と付き合っています。つまり、AさんはBさんにとっての「彼氏」です。BさんはAさんにとっての「彼女」です。しかし、やがて、関係がこじれて、BさんはAさんと別れることにしました。しかし、Aさんは納得せず、Bさんを執拗に追い掛け回します。かつてBさんにとって、Aさんは「愛すべき彼氏」だったのが、今や恐るべき「ストーが-」であり、ほとんど「犯罪者」です。ところが、Aさんは実家では年老いた両親を介護しており、ご両親にとってAさんは「最高に親孝行な息子」です。Aさんは会社では「大変優秀な社員」で、上司にとっては「従順な部下」で、部下にとっては「最悪な上司」で、仲のいい同僚にとっては「仲間」であり、仲の悪い同僚にとっては「最大の敵」でした。
では、どれが本当のAさんなのでしょうか?実は、どれも本当のAさんなのです。Aさんと他の人との関係性によって、同じAさんが「犯罪者」になったり、「最高に親孝行な息子」になったり「大変優秀な社員」になったり「従順な部下」になったり「最悪な上司」になったり「仲間」になったり「最大の敵」になったりするのです。
Aさん自体が本来不変の特性を持っているわけではなくて、Aさんと他の人との関係性によってその意味付けが変わってくるということです。
意味付けを変えたかったら関係性を変えればよいということです。あるいは意味づけを変えることによって関係性が変わることもあるかもしれません。
Aさんが本質的に「悪人」であるなら、Aさんは誰にとっても「悪人」であるはずで、永遠に「悪人」であるはずです。誰かにとって「最高にすばらしい」人であるはずもありません。しかし、現実には相手によって全く違った姿を示し、意味づけも全く違ったものになるということです。
このように、物事にも人にも不変の本性なり本質などというもの無く、あくまで自分とその人あるいはその物事との関係性が存在するだけで、その関係性に自分がどのような意味づけをするのかは、全くの自分の自由であるということです。
このようなものの見方をより実生活に役立つようにするには、それを自分の周りの実際の人間関係に当てはめてみるといいかもしれません。
普通、私達の日常生活のおいては、色んな人間関係が有ります。良い人もいれば意地の悪い人もいるし、敵もいれば味方もいる。しかし、本当は、全ての人も出来事も、あくまで本来特定の意味は持っていません。「良い人」も「意地の悪い人」も「敵」も「味方」も「悪い出来事」も「良い出来事」も、全て自分との関係性においてそう言う風に見えるだけで、本来はどんな意味付けをしようが全くの自由なはずでした。
例えば、自分の悪口を言ったりあら捜しをして足をひっぱったりする人がいれば、普通多くの人は、その人に対して「敵」という意味付けをします。そして、一旦、敵という意味付けをしたら、正にその人のやる事はすべてネガティブな敵対行為そのものとしか思えなくなります。そして、その人を憎み、憎んでもどうにもならないしストレスがたまり、自分自身が大いに苦しみます。
しかし、自分がいくら憎んでも相手は痛くも痒くもありません。だからこそ、余計に憎さが増幅していきます。この様に、本来どんな意味付けをしても自由であるはずの相手に対して、勝手に自分で「敵」だと決めて、その結果として自分自身が多いに苦しむ事に成る訳です。まさに、一人相撲です。
それよりも、敵という意味付けをする代わりに、「あの人のお陰で、自分の足らないところが気付けるのだ、自分の行動に気をつけられるようになる。考えて見れば、恩人なのだ。」と言う風にポジティブな意味付けをすれば、もうその人が何をしようが、全て自分の為に成る事なので、あら捜しをされればされる程自分は成長できるし、悪口を言われれば言われるほど、自分が他の人にどう思われているか気付けるのでどんどん自分が成長できます。
このように、相手のどんな行為も、自分のそれに対する意味付け次第でどうにでも受けとれる訳なので、嫌なものがあるのなら初めからそのような意味付けをしなければいい訳です。
とは言っても、これはあくまで理屈上の話であって、人間は理屈通りに考えられるものではありません。そういうものの見方で言えばそうなるということであって、実際にすぐ明日から180度違った意味づけができるかというと、そうはいかない場合の方が多いのではないかと思います。
様々な原因と条件によってできあがってしまった人間関係なので、先ずはそれがネガティブな展開の仕方をしてしまった理由を理解することが先決なのかもしれません。その為には、相手との充分な意思の疎通が必要不可欠になるでしょう。その上で、少しずつ相互の相手に対する意味づけの仕方が変化しはじめて、しだいに人間関係も改善していくと言うのが、現実的な方法なのかも知れません。
いずれにしても、人間というものは、本来、本質的に善人も悪人も立派な人も駄目な人もいません。皆、いろんな条件と関係性の中で時には善人でいられたり、悪人になってみたり、立派なこともしてみたり、どうしようもなく駄目な人間になったりするということです。
すべては、一瞬一瞬の選択と判断で変わります。ずっと周りから尊敬されていた人がある日突然電車の中で痴漢をして犯罪者になるかもしれませんし、同じその人が、その経験を機に心底心を入れ替えて再びより立派な人になったりするものです。
だから、「あの人は立派な人だ」とか「あいつは駄目な奴だ」なんて言葉は、せいぜい有効期限は1日ぐらいで、明日はどうなるか誰にも判りません。
これを、ネガティブに考えれば「誰も当てにならない」とも言えますが、ポジティブに考えると「どんな人でもよりよく成れる可能性はある」と言うことでもあります。
ということで、長々と回りくどい話をしてきましたが、要するに「言語ゲーム」というものの見方は「あらゆる固定概念・思い込み・こだわりから自分自身を解放するものの見方」であると言えるもかもしれません。
それが、西洋の哲学が2000年以上かけて到達した最新の結論のようなものなのですが、実は、これとほとんど全く同じことを2000年以上も前から言っていたのが、仏教の「空」の考え方だったのであります。
『般若心経』などで有名な「色即是空」の「空」とはそういう意味であり、2世紀ごろの龍樹というインド人仏教僧が、上記のウィトゲンシュタインと殆ど同じことを言っていたというのは驚くべきというか、誰が考えても最終的に辿り着く答えは同じだと言う事なのかも知れません。
関連する投稿をみつける

神が残した夢を喰う。

ゆな
大好きなニンフィア︎💕

ひとりごと

へなちょこぱーりない

修平

まー
山あり谷あり
色んな事がありましたが
これからも末永くよろしくお願いします😊
@みこ
もっとみる 
話題の投稿をみつける

のぞむ

はも

やっか
ゴ展の時の、ogtがなかなか当たらない一方でシークレット枠が複数個当たったのもそれはそれで楽しかったけど。

スズキ
絶対友達になりたくね〜〜自分だったら「うるせーー!!!」でブロックするけど大人な作家さんが多いんだな・・・

うさ
譲▶︎▷ドヨン
求▶︎▷定価+送料 or ヨシ アサヒ
お気軽にお声掛けください!
#Treasure #Treasure交換 #TREASURE_FANMEETING_WONDERLAND


ひつじ
買い戻すのもなかなかあれでしょうから、そこは、その時の雰囲気みたいなものになるのかもしれないし、たとえ戻ったとしても、とか。
でもおそらくですが最近板が薄かったので、被害を受けた方は一部で根本は変わってないと思うのですが、ちゃうんですかね。
次週結果が出ます。

のらね
どうしたんだろ

樹下蜜
このチームのブラインであるお前が、黙ったと言うことは、そう言うことかな?なんてね!
さすが浬!わかってらっしゃる。
確かにここだと大丈夫だな!これだけ強い結界なら。
で、どう言うこと?
そう尋ねる浬に、七瀬が…。
密告者!

ふく
とかが頭の中を駆け巡っていたけど、80%は冷蔵庫の本麒麟を飲むか虎の子の黒ラベル飲むか悩んでた。

ありこ
もっとみる 
関連検索ワード

