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ななし営業ちゃん
会社の人の下ネタとかイジリとか、今まで無縁の生活だったから慣れてなくて毎回嫌な気持ちになる
笑ってやり過ごしたけどどう反応すればよかったの?これってずっと続くの?
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あかり
コメントで教えて
し
どうなっているのか…😖
1日の中で浮き沈みが激しかったり、
数日の間隔だったり。
メンタルが落ちてて辛い自分がいるにも関わらず、どこか「落ちてる」「回復させないと」って思ってる自分もいて。
本当にぐちゃぐちゃすぎてどうしよう。

ぷりぷりざえもん
その時の恩師の言葉が今も俺の心に焼きついている
専門は長距離
小学生低学年の時にかけっこでビリになり悔しくて朝、重いランドセルをからい学校までの8キロ走るというのを続け高学年になる頃にはマラソン大会で3位以内には入るくらいまで成長した
この時に努力することの大切さや結果が出た時の達成感に嬉しさを覚え中学では陸上をはじめることにした
小学生の時は我流でフォームもめちゃくちゃだったが周りの選手もレベルが上がりメキメキ実力をつけて自信もついてきていた
ある日、駅伝の選考会も兼ねたレースがあり種目は3000mだった
駅伝では3キロ区間を目標にしていたのもあるし区間争いするライバルも同じ組で走るのでアピールするチャンスであった
レース序盤から俺はライバルだけを意識しずっと後ろを着けてラスト1周で捲る作戦を考えていた
1000m、2000mと順調に着けて余力を残した状態でラスト400m
ずっとついてこられたライバルは精神的にもキツく息使いも荒くなっていた
「今だッ!!!」
俺は腕を後ろへ思いっきり振りスパートをかける
ライバルはもう着いてこれない
結果は組で2位、ライバルは4位だった
もちろん序盤スローペースだったので自己新記録などは出ていない
まあこれで駅伝メンバーに選ばれるだろ
俺はタカをくくっていた
監督から呼ばれる
「ぷりぷりざえもん、ちょっとこい」
お、早速メンバーに入れるという報告かな?
ニヤけ顔で俺は行く
監督は告げた
「お前はメンバーにはいれない」
ん?どういうこと?俺は理由を聞いた
「ライバルの○○を意識し最後の直線で後ろを振り返ったな?お前は前を向いていない向上心のない奴は使わない!」
俺は泣いた
悔しくて泣いたんじゃない
ライバルを意識するあまり1番になりたい気持ちを忘れていたからだ
さらに駅伝になればみんなでタスキを繋ぐ一秒を削り出す戦いになるのだ
自分のことばかり考えてるヤツに未来はない
あのビリになり泣いていた小学生の俺の方が向上心はあっただろう
初心は忘れてはいけない
この監督の言葉が今も俺の力になっている
そんな俺も社会に飲まれ一時は精神を病み、うつ病、パニック障がいになって休職した時がある
もう何もかもがどうでもよくなっていた時に監督の言葉が夢に出てきた
今は幸せに暮らしている
あの言葉がなかったら今の俺は無いだろう
感謝してます
ありがとうございました

まみちゃん🐨
無敵モード突入した気持ちになる。
#音楽をソッと置いておく人
Butterfly

あー
わたしだけのにしたい

さ
会話する人と、それ以上の会話するのって無理かな?(笑)
興味ないなら返してくれなくていいのに、何考えてるのかわからない🤣
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紫音💜

セン🌱
多分間に合わない

北

山麓の
#ひなのなのとーく

サト@A

ユジ
ホホホホホホツクとは何か?
ホホホホホホツクは、主に日本の伝説や民話に登場する妖怪や精霊の一種です。具体的には、以下のような特徴があります。
外見: ホホホホホホツクは、一般的に小さな体型で、特徴的な顔立ちを持つとされています。しばしば、ユーモラスな表情をしていることが多いです。
性格: この妖怪は、いたずら好きで、時には人々を驚かせたり、困らせたりすることがありますが、基本的には悪意はなく、どこか愛嬌のある存在です。
伝説の背景: ホホホホホホツクは、地域によって異なる伝説が存在し、特に子供たちに親しまれているキャラクターです。彼らの物語は、教訓や道徳を伝える役割を果たすこともあります。
文化的影響: 現代では、アニメや漫画、ゲームなどのメディアにも登場し、より広い層に知られるようになっています。
このように、ホホホホホホツクは日本の文化において、親しみやすい妖怪としての地位を確立しています。

ひとみ

ふに
しかも、ほぼインフル確定の状態で…
あ、うちの旦那なんですけどね
「病院行ったけど休みだったから違うとこ探さなきゃ」
というLINE来て驚愕したよね
その程度ででよく他人をディスれるな…
(政治家とか外国人とかによく文句言ってる)

みう(嬢)🍸🦋
Uber頼んだけど
眠すぎる気がする
起きてられるかね
#ひとりごとのようなもの
いちいち
毎日ひとりでケーキ、作ってます。
店を持って25年間のうち、いちばん多くケーキを作った日は、コロナの前の年のクリスマスの12月24日。
ぜんぶで約1800個。(ホールケーキ、カットケーキ、シュークリーム等の小物含む)
あれがひとりで作るケーキの数の限界。
ほぼ寝なかった。
そしてコロナの年。
クリスマスは密を防ぐために、予約のみのホールケーキ販売に絞った。
一度、クリスマスホールケーキのみの販売に慣れてしまうと、翌年からもうカットケーキを店頭に出していたあの頃には戻れない。
もう若い時の気力がない。
だからコロナが落ち着いた今年でもホールケーキの予約のみの製造です。
本当はクリスマス、ゆっくりと休みたいのだけど、毎年予約してくれるお客様のために、今年もボチボチ頑張ります。

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