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#花彩命の庭 #初投稿 #タスク

『花彩命の庭 ― 瑠璃狐の約束』

町の外れに、ひっそりと佇む古びた神社がある。
誰も参拝には来なくなったが、境内の奥には
昔から“人の縁を結ぶ庭”の伝説があった。

それが、花彩命の庭。

春でも秋でもなく、
季節外れに咲く色とりどりの花々。
見る者の心にある感情を読み取り、
花はその色を変えるという。

しかし、庭に入れるのは“選ばれた者”だけ。
選ばれた者とは——
心に迷いを抱え、なお誰かを想う人。

紗月(さつき)が庭に招かれたのは、
弟の悠(はる)が亡くなった翌月のことだった。

事故だった。
何度も繰り返し思い出しては、
紗月は胸が裂けそうになっていた。

もっと話せたはずだった。
もっと抱きしめられたはずだった。

そんな後悔を抱えたまま、
彼女は神社へと足を運んだ。

境内は冷たい風が吹き抜け、
枯葉が音を立てて転がる。
誰もいないはずなのに、
ふと視線を感じて振り返る。

そこに、瑠璃色の輝きを帯びた狐がいた。

まるで宝石のように澄んだ光をまとった狐は、
静かに紗月を見上げた。

驚きに言葉を失う紗月に、
狐は首を傾げるようにして
境内奥の薄暗い山道へ歩き出した。

——ついてこい。

言葉ではなかったが、
確かにそう告げられた気がした。

導かれるように進むと、
古い木々の間から、柔らかな光が溢れ出す。

目の前に広がったのは——
淡い虹色の花々が揺れる庭。

夜のはずなのに、
そこだけ春のように温かい。

「ここが……花彩命の庭……?」

紗月の問いに、
瑠璃狐は静かに頷いた。

庭に一歩踏み入れた瞬間、
周囲の花々がふわりと色づいた。

桜色、空色、やわらかな黄、
そしてどこか儚い白。

紗月の心を、
優しく読み取るように。

歩き進むと、
庭の最奥に小さな祠があった。
その前に、ひとりの少年が膝を抱えて座っている。

夜の光の中で、
その姿は淡く透けていた。

「……はる?」

思わず紗月が名前を呼ぶと、
少年はゆっくり顔を上げた。

間違いなく、弟だった。
あの日と同じ、無邪気な目をしていた。

「ねぇ、姉ちゃん。」
悠は微笑んだ。
「やっと来てくれた。」

紗月の足が震えた。
現実とは思えない。
でも、その声は確かに悠のものだった。

「どうして……ここに……?」
「庭がね、呼んでくれたんだ。」
「庭が……?」

少年は祠をまっすぐ見つめた。

「僕の心、まだ消えてなくてね。
姉ちゃんに伝えたかったことがあるのに、
言えないままになってたから。」

紗月は息を呑んだ。
胸が強く締めつけられる。

「ごめんね。
僕、ほんとはずっと怖かったんだ。
消えるのが。」

「消える……?」

悠は笑いながら、少し寂しげに続けた。

「生き物は死んだらさ、
心も体も全部どっかに流れていっちゃうんだって。
でもね、だれかが“想ってくれると”
その想いに結びついて、少しだけ残るんだ。」

「……私が想ってたから……?」

悠は嬉しそうに頷いた。

「姉ちゃんの心が、僕をここに繋いでくれたんだよ。」

紗月の目に涙が溢れた。
胸にのしかかっていた後悔があふれ出す。

「……ごめん……守れなくて……
もっと、もっと……一緒にいたかった……」

悠はゆっくりと歩き寄り、
紗月の手をそっと握った。

温かかった。

「僕ね、姉ちゃんの笑い声が大好きだったんだ。
だから、ずっと悲しまないでほしいの。
僕がいなくなったからって、
姉ちゃんの世界が色をなくすのは嫌だよ。」

花々が音もなく揺れ、
紗月の涙に反応するように光を放つ。

庭全体が、
二人の再会を包み込んでいた。

「ありがとう、姉ちゃん。
僕を想ってくれて。
大好きだったよ。」

「……だった……じゃない……」
紗月は震えた声で言った。
「私はずっと……今でも……大好きだよ……!」

悠は照れくさそうに笑う。

「それなら、僕はもう大丈夫。」

瑠璃狐がゆっくり近づき、
悠の背に鼻先を触れた。

少年の姿が、
淡い光とともに揺らぎはじめる。

「姉ちゃん。
さよならじゃないよ。
僕はちゃんと、姉ちゃんの中にいるから。」

紗月は小さな身体を抱きしめた。
光が指の隙間からあふれ、
腕の中からそっと離れていく。

消えていくのではなく——
帰っていくように。

庭の花々がふわりと白く染まり、
風が優しく頬を撫でた。

瑠璃狐が紗月の足元に寄り添う。
その瞳はまるで「よく頑張った」と伝えるように
温かく光っていた。

「ありがとう……」
紗月が小さく呟くと、
庭の光がゆっくりと弱まり、夜の静けさが戻った。

気がつくと、
紗月は神社の境内に立っていた。

庭も、狐も、弟の姿もない。
ただ、手のひらに——
一枚の瑠璃色の花びらだけが残っていた。

それは、
ほんの少しだけ心を軽くする
“やさしい奇跡の証”だった。
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