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kagenaカゲナ
魂なき英雄伝説4話
「時を裂く光」
――呼吸を一定に。
――熱をしずめろ。
――リアの身体を、壊すな。
胸の奥で金の羽がかすかに鳴った。
リアの中にいる少年の天使は、自分にそう命じながら、抑えきれない力を必死で押さえ込む。
力を解放すれば、リアの身体が壊れる。
だから、彼は限界ギリギリの“最小出力”で戦っていた。
彼の周囲には、黒い霧のような“何か”が渦巻うずまいていた。
それは形を持たず、ただ闇と同化しながら静かに息づいている。
一度斬れば、その動きを学び、次には防ぐ。
放たれる光を吸い込み、まるで経験を蓄積するように強くなっていく。
「……まるで、戦うたびに成長してるみたいだな……」
天使は眉をひそめた。
理屈では説明できない。
まるで、生きた戦闘そのもの――“戦いの意志”だけがそこにあるかのようだった。
「……このままじゃ埒らちがあかない。
だが、リアの身体をこれ以上は――」
天使は焦る。
光の矢を放っても、敵はすぐに次の瞬間にはその軌道を学び、避ける。
同じ攻撃は二度と通用しない。
リアの声が胸の奥で響く。
(大丈夫、わたしはまだ動けるよ!)
「……無理するな。抑えていろ。」
リアの身体は軽やかに動くが、天使が力を制御しているため、反動の熱が体の奥に蓄積していた。
息をするたびに胸が焼けるようだ。
それでも二人は連携し、無数の光の矢を放つ。
だがその瞬間――
闇の奥で“手”のように見えていた影が、形を変えた。
刃のような光が一瞬だけ走り、黒い影の剣が音もなくすり抜けてくる。
頬をかすめた感触とともに、血がにじんだ。
リアが思わず悲鳴を上げる。
「っ――!」
天使は息を呑み、目を細めた。
「……手じゃない……あれ、剣か……!」
闇の形が人の腕にも見えたせいで、最初は攻撃の正体を読み違えていた。
だが今、確信する。――あれは“握られた剣”の動き。
踏み込みの深さ、打ち下ろす直前の体の沈み方。
それは、見覚えがあった。
懐かしい感覚。
遠い昔、誰かと並んで戦った時の記憶を、かすかに呼び起こす動きだった。
まるで、自分がかつて――誰かと並んで戦っていた頃のような。
「この戦い方……まさか……」
だが、考える暇はなかった。
敵の影が地面を裂き、リアの足を狙う。
天使は反射的に盾を強化して防いだ。
そのたびにリアの身体に負荷が走る。
彼女の手が震え、膝がわずかに折れた。
(だいじょうぶ……まだやれる……)
「リア、限界だ! もう動くな!」
⸻
そのとき、後方の通路から声が響いた。
「リアッ! 離れて!」
光が閃き、空気が震えた。
眩い輝きの中から、二つの影が駆け出してくる。
――クレアナとミレイナ。
その名を呼ぶより早く、二人の魔力が戦場を包んだ。
ミレイナが腕を振り抜くと、光布が空中に広がり、盾のように形を変える。
その前に立つクレアナが、指先で空間に数式を描いた。
淡い光の輪が重なり、敵の動きを追う。
「――解析、完了。魔力構造、特異点三つ! ミレイナ、右上!」
「了解ッ!」
ミレイナの布が鞭のように伸び、黒い影の腕を打ち払う。
爆ぜる衝撃。闇が霧のように散る。
だが――その残滓がすぐに再形成され、刃となって襲いかかってくる。
「速すぎる……!」クレアナが息を呑む。
瞬間、天使がリアの身体を操り、前へ出た。
金の羽が閃き、衝撃波が走る。
「くっ――!」
衝突の余波で壁が軋み、破片が飛び散る。
三人の連携が一瞬で崩れ、息を合わせる余裕すらない。
敵はまるで生き物のように動きを変え、
攻撃の角度も速度も、次の瞬間には“進化”していた。
クレアナの魔法陣がわずかにズレただけで、
防御の式が崩壊し、守りの壁が裂ける。
ミレイナが歯を食いしばりながら叫ぶ。
「再生が早すぎる! 今の一撃でも効いてない!」
「……駄目だ、学習してやがる。」
天使が低く呟く。
リアの胸の奥で金の羽が震え、光が乱れる。
三人の息が荒くなり、空間そのものが悲鳴を上げた。
光と闇がせめぎ合う戦場の中で、熱と冷気が同時に渦を巻く。
ミレイナの防御布が焼け焦げ、クレアナの術式が崩れていく。
三人の連携も、もはや限界だった。
天使は一瞬、敵の動きを見て悟った。
――まだ、“本気”じゃない。
黒い霧が渦を巻く。
その奥に潜む影は、明らかに“力を抑えている”。
まるで、まだ何かを取り戻している途中のように。
「……こいつ……本来の力を取り戻したら、誰も止められない。」
胸の奥で金の羽が震える。
リアの鼓動とリンクするように、熱が体内を焼く。
「ここで終わらせるしかない……!
今のうちに――!」
その声には焦りと、確信が混じっていた。
天使の瞳が細まり、金の光が漏れ始める。
リアの身体を借りたまま、彼は自分の命を削る覚悟を決める。
(この怪物を止められる者は、もう誰もいない。
戦えば戦うほど、奴は力を吸い上げる。
――放っておけば、この世界そのものが消える。
なら……ここで断つしかない。)
リアの意識が揺れる。
(やめて! そんなのだめ!)
だが、彼は小さく笑った。
「心配するな。……これが僕の役目だ。」
足元の影が広がり、空間の温度が一気に下がる。
天使の周囲に無数の光輪が浮かび上がり、空間を貫く。
その輝きは、まるで命の炎そのものだった。
けれど――その光の中で、何かが静かに欠けていくのを彼は感じていた。
胸の奥にある“何か大切なもの”が、薄い膜の向こうへ遠ざかっていく。
記憶か、感情か、それとも別の何かか――彼自身にも分からない。
それでも、迷いはなかった。
この力を振るう意味だけは、まだ残っている。
(……リア。もし、これが終わったあと――)
言葉の続きを心に刻もうとした瞬間、思考の輪郭が一瞬だけ霞んだ。
それが何の予兆なのか、彼はまだ知らない。
――ただ、今は守る。それだけだ。
だが――その瞬間。
⸻
空間が“止まった”。
風の流れも、崩れかけた岩の落下も、音すら凍りつく。
ただ、淡い青の光だけが戦場を包み込んでいた。
その中に、ひとりの少女が立っていた。
長い黒髪がゆらりと揺れ、胸元の宝石が淡く鼓動する。
瞳には、無数の時の針が映っていた。
未来を見る少女――クロノ。
「……遅れて……ごめんなさい。」
声は少し掠かすれていた。
まるで言葉を探すように、彼女は間を置いて続けた。
「いろいろ……未来を、探ってた。
でも、まだ……“答え”は見つからない。」
天使が息を呑む。
「……時間を止めたのか。」
クロノは静かに頷いた。
「うん。……長くは持たない。
でも、“時間稼ぎ”くらいなら――できる。」
彼女の周囲に淡い青の輪が広がる。
止まっていた世界の境界が、かすかにひび割れ始めた。
「まだ、あなたたちは生きてる。
未来も……消えてない。」
天使は歯を食いしばる。
「……見えてるのか? この先を。」
クロノは目を伏せ、ほんのわずかに首を振った。
「……まだ、探してる途中。
だけど――“今”なら変えられる。
あなたの命を代償にする未来じゃなくても。」
青い光が再び広がり、凍りついた世界が少しずつ動き出す。
彼女の言葉が、時間の綻びの中で響いた。
「……だから、生きて。
まだ“終わり”じゃない。」
天使の目が見開かれ、拳を握る。
彼の金の羽が再び光を帯び、リアの心臓の鼓動が蘇る。
クロノの瞳の奥で、時の針が動き出した。
「さあ――時間を繋げましょう。」
空間に青と金の光が交差し、世界が再び動き始める。
次の瞬間、封じられていた“敵”の咆哮が、再び響き渡った――。




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