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たぬきマン⭐️🐔🫶💪
身体の変化と共に
スタミナ減りが感じ
やすくなってきた
明日はオフ日決定…
トレしたいのに😭
っとトレ中の誤操作で
フレルームに入っちゃった
ごめんなさい🙏

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けん
トイレが近い
やばいよやばいよー

🦭🎉
何やねんまじで
年末やぞ

水縹(みはなだ)
Polar Star・ぼかろころしあむFC、オーダーメイド桃初見AP達成!
Polar Star→私の天敵はやはりフリック…
ぼかろころしあむ→最高に楽しくて燃える譜面
オーダーメイド桃→やはり名曲…。桃入門にもいいかも




b5


うすのろまぬけ




さ丸
ギャンブルが怖いと言われるとき、
多くの人は「破産するから」「人生が壊れるから」と答える。
それは確かに正しい。
だがそれは、怖さの話だ。
怖さとは、
身体が危険を察知する反応だ。
失う金、壊れる生活、取り返しのつかなさ。
それらは目に見える損失であり、計算できる恐怖だ。
この「怖さ」に対して、社会は制度を用意した。
禁止、規制、監視、免許制。
危険なものから人を守るための仕組みである。
だが、ギャンブルにはもう一段深い領域がある。
それが 「恐さ」 だ。
⸻
■ ギャンブルの恐さとは何か
恐さは、損失の話ではない。
それは、人が自分の内側と出会ってしまう感覚だ。
賭ける瞬間、
人は一瞬だけ「計算」から離れる。
努力と報酬の因果。
正しさと結果の対応関係。
社会が教えてきた安全なルール。
それらがふっと消え、
代わりに現れるのが「運」「流れ」「直感」。
ここで人は気づいてしまう。
――世界は、完全には管理できない、と。
そして同時に、
自分の中にある“賭けたい衝動”にも触れてしまう。
それは破滅願望ではない。
もっと原始的な、
「生きている実感を取り戻したい」という衝動だ。
この瞬間こそが、
ギャンブルの本当の“恐さ”。
⸻
■ なぜ社会はそれを恐れるのか
左脳的な社会は、
秩序・予測・再現性によって成り立っている。
労働し、貯め、計画し、管理する。
そこでは「偶然」はノイズでしかない。
しかしギャンブルは、
その秩序を一瞬で無効化する。
努力が報われなくても、
一度の偶然で世界が反転してしまう可能性を見せる。
だから危険なのだ。
それは金銭的に危険なのではなく、
人が“秩序の外側”を知ってしまうことが危険なのだ。
だからこそ、社会はこうする。
ギャンブルを禁止する一方で、
自分たちの管理下にだけ置く。
宝くじ、競馬、カジノ。
すべて「許された偶然」。
偶然は消さない。
ただ、制御する。
⸻
■ ギャンブルの本質
ギャンブルは、
人間が「完全には管理できない存在」であることを思い出させる装置だ。
それは破滅の入り口であると同時に、
生の手触りへの入口でもある。
だから人は惹かれ、
同時に恐れる。
怖いのは、破滅するからではない。
恐いのは、
自分が本当は何者なのかを知ってしまうことだ。
理性の奥に、
計算を超えた衝動があると気づくこと。
それは、
「社会の中で生きてきた自分」が
一度、裸にされる瞬間でもある。
⸻
■ だから人は、賭ける
生きている実感が欲しいとき。
世界がすべて決まって見えるとき。
自分が歯車に思えてしまったとき。
人は賭けに手を伸ばす。
それは破滅願望ではない。
「まだ生きている」と確かめたいだけだ。
ギャンブルの怖さとは、
人生を壊す力ではなく、
人生の“芯”に触れてしまう力なのだ。

りんか
絶対に話しちゃダメ!
写真も送っちゃダメ!みんな気をつけて絶対に!


せい
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