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さ
あの庭のことを初めて知ったのは、母が亡くなった翌日のことだった。
現実はあまりにも静かで、生きていることの輪郭が曖昧になるほど心が空洞になっていた。
葬儀を終えて帰宅した深夜、私は眠れず、ただ目的もなく街を歩いていた。
雨が降ったばかりの路地は湿っていて、街灯の光が水溜まりに滲んでいる。
胸の奥にはまだ重い石が沈んだままで、呼吸をするたびにその石がじわりと痛んだ。
——どうして、あんなに突然。
問いは空に吸い込まれるだけで、答えはどこにもなかった。
ふと、視界の隅で光が揺れた。
水溜まりの反射……ではない。
もっと温かい、ろうそくの揺れる光に近い。
気づけば私は、その光に導かれるように歩いていた。
人通りのない裏道を進むほど、光は強くなり、路地の奥にぽつんと立つ古びた門がその姿を現した。
その門を見た瞬間、体が勝手に硬直した。
枯れた木でできているのに、金色の脈が走っていた。
見たことなどないはずなのに、私はなぜか「知っている」と思った。
門に近づくと、風のない夜なのに蔓がそよぎ、花びらが一枚ひらりと落ちた。
その花びらは光っていた。
私の心の奥で何かが震えた。
——入ってはいけない。
——でも、このままではもっといけない。
恐怖と吸い寄せられるような衝動が同時にこみ上げ、
私はゆっくりと、門に触れた。
次の瞬間、世界がひっくり返ったような光に包まれた。
気づくと、私は花の海の中に立っていた。
色とりどり——ではない。
色は刻一刻と変わり続け、花々は姿形を変え、生き物のように呼吸をしていた。
そこは、ただの庭ではなかった。
「……来たんだね。」
声がして振り向くと、薄い銀色の服をまとった女性がいた。
髪は黒いのに、月明かりのような光を帯びている。
「あなた……誰……?」
「私は庭の案内人。名前は持たないの。
でも、あなたがここに来るだろうことは知っていたわ。」
知られていた?
私は母の死に耐えられず、迷い込んだだけなのに?
「ここは、花彩命の庭。
生と死の狭間に咲く場所よ。」
女性の声は、痛みを撫でるように柔らかかった。
「死の……狭間……?」
「あなたは今、喪失の重さに押し潰されそうなんでしょう。
けれどその痛みの奥に、“まだ言えていない言葉”がある。」
胸の奥がずきりと刺さった。
母に言えなかった言葉。
最後に会ったときの後悔。
電話に気づかなかったあの日の声。
女性は庭の奥を示した。
「花はあなたの心を映すわ。
歩いてごらんなさい。」
私は足を踏み出した。
途端に、周囲の花々が波のように揺れた。
私の足元に咲く花は、青かった。
深い、海底のような青。
触れると、花弁が震え、映像が浮かび上がるように母の姿が現れた。
笑う母、怒る母、病室で眠る母。
その一つひとつが胸を刺し、私は思わず膝をついた。
「どうして……今なの……」
声が震えた。
すると女性がそっと肩に手を置いた。
「あなたが本当に向き合えるのが“今”だからよ。
死は終わりではなく、形の変化なの。
ここでは、置き去りにした想いに触れられる。」
その言葉が落ち着きを運び、私は立ち上がった。
さらに奥へ歩く。
花彩命の庭は変化し続け、花々の色が私の感情に合わせて揺れる。
後悔の赤。
罪悪感の灰。
愛の淡い桃色。
感謝の金色。
やがて、庭の中心に一本の樹が立っていた。
幹には母の面影が、淡い光となって揺らいでいる。
私は震える声で言った。
「……お母さん……ごめんね……
もっと話したかった……
もっと何かできたはずなのに……」
樹の光が強くなり、母の笑顔が浮かぶ。
そして、はっきりとした声が聞こえたような気がした。
——ありがとう。
——あなたは十分よ。
——私は、あなたの人生をずっと誇りに思っている。
涙が頬を伝い、私は樹に手を伸ばした。
触れた瞬間、胸の奥に絡まっていた黒い塊がほどけていくのが分かった。
「……お母さん……ありがとう……」
光はゆっくりと収束し、庭全体が静けさを取り戻した。
案内人の女性が微笑む。
「あなたはもう、大丈夫ね。」
「ここは……また来られるの……?」
「必要なときだけ。
でも、もう以前のあなたとは違うはず。
大切なものを抱えたまま、前に進める。」
私は深く息を吸い、門へと戻った。
振り返ると、花々が柔らかく揺れ、まるで別れを告げるようだった。
外に出たとき、空は薄く明るくなり始めていた。
胸の痛みは完全には消えていない。
でも、その痛みを抱えて歩ける強さが確かに芽生えていた。
母を失った悲しみの中に、
私がまだ生きている理由が
少しだけ見えた気がした。
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ボロネーゼ阿部🐜

ボロネーゼ伊藤🐕

ボロネーゼ田中🐈

ボロネーゼ加藤🐈

R
初めまして!Rと言います!
このアカウントはちょっと愚痴とか書くので
よろしくお願いします

クラフト🐦
自分の視点に敬意を払い、大切にしてください。 あなた自身以上にあなたを理解する人はいません。☘️🧑🎄
#花彩命の庭
#GRAVITY友活
#GRAVITY日記


るん🐥
🐟サバ 桜に夢中🐼🎴
なかなか信じて貰えないと思いますが。。。
なう(2025/12/22 11:08:19)
今、この瞬間の景色です。
咲いてるんです、真冬に。
こんなに沢山
冬の知多半島。
お花、探せばまだまだ楽しめるかもよ

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ぽん@竜
マタギスナイパーズジュニアの活動内容は?
マタギスナイパーズジュニアは、主に以下のような活動を行っています。
射撃技術の向上: ジュニアメンバーは、スナイパーとしての射撃技術を磨くためのトレーニングを受けます。これには、精密射撃や風の読み方、距離感の把握などが含まれます。
チームビルディング: メンバー同士の絆を深めるためのチーム活動やイベントが定期的に行われます。これにより、協力やコミュニケーション能力が向上します。
大会参加: 国内外のスナイパー大会に参加し、実践的な経験を積むことができます。これにより、競技の場でのプレッシャーに慣れることができます。
教育プログラム: 射撃だけでなく、戦術や戦略についての教育も行われ、総合的なスナイパーとしてのスキルを身につけることができます。
地域貢献活動: 地元のイベントやボランティア活動にも参加し、地域社会とのつながりを大切にしています。
これらの活動を通じて、マタギスナイパーズジュニアは、技術だけでなく人間性やチームワークも育んでいます。

ふにゅ

沖縄で

□マス

9の

かたや
マタギスナイパーズジュニアはどこで活動している?
マタギスナイパーズジュニアは、主に日本の山岳地域で活動しています。具体的には、以下のような場所での活動が見られます。
活動地域:
秋田県や山形県などの東北地方
北海道の一部地域
活動内容:
自然環境の保護や野生動物の観察
地元の伝統文化の継承
スポーツやアウトドア活動の推進
このように、マタギスナイパーズジュニアは自然と密接に関わりながら、地域の特性を活かした活動を行っています。興味があれば、ぜひ参加してみてください!

坂本勇

ゆづ

sachi @社

開源🐴
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