心の健康のためには、外見を磨く必要があると思う。 でも、これは病んだ考え方なのか知れない。(ちなみに、外見にコンプレックスがあるだけでは、醜貌恐怖症ではない) もしそうだとすると、外見を磨くのは病んだ考え方を温存することになる。