ミシェル・フーコーは個人は織られたタペストリーの様なものであるという「ティッシュー理論」を主張した。このタペストリーを客観的に見ると、「私」というものが見え、それがアイデンティティーとなるのではないかと私は考える。
痛くて浅いやつなのを自覚してて言うんですけど、由伸に対する宏斗とか、しょさんに対するさいきくんとか、私のが先に好きになったんですけど???っていう謎の対抗心が生まれてたんだけど(そもそも私も好きになったのはどっちもだいぶ遅い)、みきやに対するチャビには「わかるよ!!!」の気持ち