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誤条悟

誤条悟

怪談・墓参り


一章 石の下の面影

 お盆の黄昏、蝉の声が遠のく中、誠は墓地を歩いていた。
 草いきれと線香の匂いが胸の奥をじわりと満たす。
 墓石には「岸田 彩」の文字。
 二年前の夏、帰宅途中の交差点でトラックに撥ねられ、即死だった。

 彩は明るく、少し天然で、誰とでもすぐ打ち解ける人だった。
 彼女の死後、誠は部屋の隅にぽっかりと穴が空いたような生活を送った。
 食器棚に残る彼女専用のマグカップ。洗面所の棚に忘れられた香水。
 それらを捨てられるまでに、一年かかった。

「……彩。会いに来たよ」
 線香を立て、手を合わせる。
 唇が震えたのは、今も彼女の死を受け入れ切れていない証だった。

 立ち去ろうとした時、風が背後を撫でた。
 その感触は、生きていた頃に背中へ回された彩の腕に、よく似ていた。


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二章 深夜の呼吸

 夜半。
 薄暗い寝室で誠は、不意に人の気配を感じて目を覚ました。
 枕元に、彩が立っていた。

 白いワンピースに、濡れたような黒髪。
 その瞳は、生前と変わらず柔らかく笑っている。

「……彩、なのか?」
「そうだよ。お盆だから、会いに来たの」
 声は確かに彼女のものだった。
 頬に触れられた瞬間、指先は氷のように冷たく、それでいて涙が出るほど懐かしかった。

「まだ、好きだよ」
「私も……」

 そのまま、唇が触れ合い、誠は抗えず抱き寄せた。
 冷たい体温と、甘く湿った吐息が入り混じる。
 彼女は死者であるはずなのに、生きている時よりも官能的だった。


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三章 繰り返す夜

 翌夜も、彩は現れた。
 静かな部屋で、二人は絡み合う。
 触れた肌から、力を吸い上げられるような感覚があったが、誠は気にしなかった。
 ただ、生きていた頃には戻れないと思っていた幸福に、溺れた。

 三日目の夜。
「明日も……来るから」
「……明日は、少し」
 誠は口ごもった。
「新しい彼女と……会うんだ」

 その瞬間、彩の笑顔がわずかに揺らいだ。
 瞳の奥に、暗く濁ったものが滲む。
「そう……新しい人。……いいよ、また来るから」
 その声には、湿った鋭さが混ざっていた。


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四章 見られている

 翌晩、誠は新しい恋人・莉奈とベッドを共にしていた。
 柔らかい肌の感触に身を委ねながら、ふと背筋が冷える。
 暗い部屋の隅、何かが立っている。

 白いワンピース。
 黒い瞳が、じっと二人を見つめている。
 瞬きもせず、動きもせず。

 誠は見て見ぬふりをした。
 莉奈は気づかない。
 ただ、その視線だけが、夜を押し潰すほど重く沈んでいた。


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五章 混ざる

 さらに翌夜。
 莉奈と愛し合っていると、誠は奇妙な感覚を覚えた。
 莉奈の手とは別に、冷たく細い指が肌を這う。
 吐息が二方向からかかる。

「……誰?」
 目を開けた瞬間、視界が歪む。
 ベッドの上で莉奈と彩が重なり、溶け合うように形を変えていた。
 どちらがどちらなのか、もう判別できない。

 息苦しいほどの快感と、骨まで凍るような冷気が同時に押し寄せる。
 耳元で、彩が囁く。
「みんなで一緒にいよう、永遠に」


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六章 干からびた朝

 翌朝。
 ベッドには誠と莉奈が横たわっていた。
 裸のまま、干からびたミイラのように。
 皮膚は褐色にひび割れ、眼球は失われ、唇は縮れたまま固まっていた。

 窓辺に立つ彩の肌は、生前以上に艶やかで血色を帯びている。
「……誠。裏切らなければ、ずっと一緒にいられたのに」
 そう呟くと、彩はふと微笑み、誰もいない方へ顔を向けた。


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終章 あなたの部屋で

 ——その夜。
 あなたが眠る枕元で、冷たい風が頬を撫でる。
 目を開ければ、白いワンピースの女が立っている。
「こんばんは……お墓、来てくれる?」

 その笑顔の奥にある渇きは、あなたの命でしか満たせない。
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