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楓花(ふうか)

楓花(ふうか)

#凛子
気付いたら翌日の早朝5時だった。
セットしておいたアラームで起きたのだ。
俺はベッドの上にいた。服も綺麗に着せ替えられていた。
トタタタという足音が廊下から聞こえてきて、
ドアが開けられる。
凛子が覗いてきて言った。
「起きた?」
「ああ…これは…凛子がしてくれたのか?」
「うん。昨日は途中でアンタが電池切れしたからね。私が運んどいた」
「結構力があるんだな」
「安価モデルでも最大200kgのものを運搬可能だしね。アタシの場合はもっとハイパワーだよ」
「喧嘩になったら勝てないな」
「するわけないじゃん。出勤まであと3時間ほどあるけどどうするの?」
「メシ…シャワー…あー…」
「面倒な事はこっちがしとくから、二度寝でもしたら?」
「いや、一度起きたらもう寝れない性質でね。シャワー浴びてくるよ」
「わかった」
シャワーを浴びながら、昨日のことを振り返る。
もう最後の方は覚えていない。
本当に電池が切れたようだ。
だが体が異常に軽い。憑き物が取れたかのように。
でも、突然嫌な気持ちになった。
そう、会社に行きたくない。
今までこんな子供の駄々みたいな感情は
沸いてはこなかった。沸かす余裕も理由もなかった。
でも今は、違う。
凛子と離れたくない。
シャワーを終えて、朝来てた服をそのまま着て
ハーネスを再装着して、髭も剃らずにダイニングに向かった。
凛子がすでに朝食を用意してくれていた。
「ふぅん…」
俺を見るなり、凛子がニヤニヤして呟いた。
「なんだ」
「アンタ、カワイイじゃん」
全て見透かされている。
恐らくハーネス無しでも見透かされるだろう。
でも何故俺がハーネスをわざわざ着けたのか、
俺自身がその理由を知っている。
「実際に言われると、気恥ずかしいもんだな」
「女が男に言う『カワイイ』は最上級の褒め言葉よ。素直に受け取りなさい」
「そうかもな。そうするよ。そうする」
席に座り、朝食に手をつける。
凛子も昨日と同じく、少量のものをペースを合わせて食べ出す。
「で、行くの?行かないの?」
「会社にか?そりゃ行かないとダメだろ」
「ダメって事はないでしょ。今の時代、心理的休暇は認められてるし、大体アンタ、有休全然取ってないじゃない」
「まぁ、仕事しか生き甲斐がなかったからな」
「アンタの場合、生き甲斐ではなくてそれしかなかったからでしょ」
「痛い所突くな…」
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楓花(ふうか)

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「これでさ、欲しかったもの作ろうよ」 凛子が箱を開けた。グジャグジャだったはずのジャンク品は仕分けされていて、空いたスペースには工具箱までセットされていた。 欲しかったもの?なんだ?俺が欲しかったものって、なんだった? 「ホログラフィック・プロジェクター、でしょ?」 思い出した。確かに欲しかった。 今でも高価なもので、しかも用途は広くない。結局一時期流行って、すぐに廃れた。その程度のものだ。 「確かに…そうだった…でもここにあるもので作れるのか?作れたとして、何に使う?」 「アンタのハーネス越しに理想の映像を私が作って、プロジェクターで投影するってのはどう?」

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楓花(ふうか)

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そりゃ魅力的だ。でも… 「可能なのか?」 「十分材料は揃ってるけど?」 そうとは思えない。しかし凛子がそう言うならそうなんだろう。 作れるんだ。可能なんだ。 「やっちゃう?」 凛子がニヤニヤしながら俺を見つめる。 「やるしかないだろ」 俺もいつしか笑みが隠せなくなっていた。 久しぶりだ。こんなに心が純粋にワクワクしたのは。 子供の頃に還ったようだった。 凛子は手際良く工具箱を取り出してツールを配分する。 「初めての共同作業ってやつね。いいと思わない?」 「いいね」 俺と凛子は、作業に取り掛かった。 凛子が指示をして、俺は理解して取り組む。 凛子も指示と作業を同時並行で進める。

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「出来た…」 所要時間は休憩を挟んでも5時間程度だった。 人間相手とではこんな事は出来やしない。 「じゃあアンタが今一番見たいものを、映してみましょうか」 凛子がプロジェクターを起動させる。 フォーンという静かなモーター音と共に、映像が可視化されて行く。 そこに映ったのは、小さな家だった。 なんでもない、ごく普通の、小さな家だ。 でも、俺の目からは涙が一筋溢れた。 「アンタの、実家ね」 「ああ…今は、もうない。再開発か何かでな。町の区画ごと潰されたんだ。今ではそこは、ショッピングモールになってる。廃墟になったがな。結局、再開発計画は失敗したんだ」

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なんてよく出来た存在なのか。 俺は感心と同時に、悲しくなった。 彼女達の存在理由が、俺たちみたいな出来損ないの糞の後始末とは。 怒りが湧いてきた。自分に対して。 人類に対して。 凛子が俺の鼻先に人差し指を当てた。 「啓太。いいの。いいのよ。責めないで。自分も、人間も。アタシは、啓太に会えて幸せだから。この感情は本物で、それを台無しにしないで。お願い」 不意を突かれて、俺は我に返った。 救われた気がした。 俺は何度、この凛子に救われただろうか。 そしてこれから先、また何度救われる事だろうか。 俺は、彼女の手を握り返すことしか、出来なかったけれども。

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