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紫苑/しおん🐈⬛
⑤大学期のジレンマ
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「いえ、結局同じでした。」
彼は即答した。
私はその言葉を、何度も反芻した。学生のデッサンを見ているときも、卒業制作の相談に乗っているときも、頭の片隅には、いつも彼の声が残っていた。
傍から見れば、彼はすべてを持っているように見えた。複数の文化を知り、言葉に困らず、身体にも恵まれている。差異はある。だが、それを引き受けるだけの強さと、それを武器に変えられるだけの器用さもあるように思えた。
だからこそ、私は信じていた。彼はここで、伸び伸びと自分を表現しているはずだと。私が最初に感じた、モデルとしての気配も、その延長線上にあるものだと疑わなかった。
だが、美大生にありがちな悲鳴は、彼の口からは出てこなかった。世界を壊そうとするような熱も、自分を見せられることへの高揚も、彼の語りの中には見当たらなかった。
私はかつて、絵にすべてを賭けていた。描くこと以外、何も残らなくても構わなかった。先の見えない油絵の世界に、疑いなく身を投じていた。それが正しかったのかどうかは、今でも分からない。だが少なくとも、私は自分の輪郭を疑わずにいられた。疑う余地がないほど、絵に寄りかかっていた。
「個性って、なんだと思いますか?」
彼は、ふいにそう聞いてきた。
私はすぐには答えなかった。
考えるふりをして、時間を置いた。
これまでの人生を、短い言葉に畳もうとするように。
『自分で見つけてこそ、意味があるものじゃないかな。』
口にした瞬間、無難だと思った。
「……。そうですよね。」
彼はそう言って、視線をこちらに向けた。
だが、その目は、私を見ていなかった。
私は、彼の輪郭を描こうとして、
自分の立ち位置を失っていた。
#創作小説 #紫苑 #Lineage


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