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瑞樹
自分を期待していた。
なぜこの程度のことに耐えられないのか、
周りが苦労することをなんとも思えないのか
私は私のことが心底理解できなかった。
人手なしだと、よく自分を嘲ったものだ。
だから、誰のために生きることも、決して
私にはできないのだと思った。
どんなに素晴らしい人に出会ってもそれは
変わらなかったから、我が身可愛さに自分の
核を投げ出すことのできない弱い私は、
他者を利用することでしか関心を抱く
ことはできなかった。それも、罪悪感
という曲がった形でしか。
それを悔やんだことはない。実際そうでしか
認識できないのなら、それが最適解だった。
人は結局人と関わることでしか得られない
ものが存在するのだから、仕方のない対処
である。
でも、叶うならば初めから人に対して
尊重したいと思えるだけの関心をもてて
いたらよかったと少し愚痴ったことは何度か
ある。これに関しては叶うことがないから
ただの戯言だけれど、皆が言うように人は
無関心な人間に対して恐ろしく冷たいもの。
であるが故に、ほとんど人に関心のない私の
良心の無さが目につく時もあるというわけだ。
きっと私は今も、自分の良心の在処を
探している。綺麗事は心からそう思って
いるが、別に全てを実現できるほど私が
万能でないことも知っているつもりだ。
それに、この良い事が自分のためになって
いないか不安で仕方なかった。
見返りを求めていないか、助けてやっている
などと対等さを放棄していないかなど、
思い詰めればキリが無い。
結局のところ、私のやる事全ては
偽善の真似事でしかないことは、理解して
いるつもりだ。それでも投げ出すわけには
いかないからこそ、善性を信じられるだけの
わたしの良心を、誰かの言葉ではなく
自分の信じたい「良い事」を私は今も
探している。
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🦦
どうしても人間は怖いんですよ。
だから性格悪いんですけども。
釣りバカ
回答数 532>>
ゆう
年始に同窓会があって、ひっっさびさに初恋の人に会った。
小さい頃は毎日のように遊んでたけれど、中学になって疎遠になって、すれ違っても話さなくなって顔すら合わなくなった。いつの間にか他人になってた。
久々に会って互いに近況を話していると、ぼんやりと大人になったなと思った。世間話が出来るくらいには二人とも大人になった。
今話せてるよ、って心の中で昔の自分に語りかけた。あの頃、この人の事が好きですきでしょうが無かった頃、あんなに仲良かった時間全て無かったことにされた頃、ただ昔みたいに普通に話したくて出来なくて悲しかった。今普通に話してるよ、あの頃の自分の願いは叶っただろうか。
もう随分昔にたたんだ思いだけれど、やっと春仕舞い出来た気がする。
きっとあの頃の自分も笑ってくれてるはず。
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