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ゆらち
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🍀こもれび🏄️
前日、なんかスケールの大きい景色を見たいと探していたらいいところが。
小渋ダム。(写真)堤高105m、25階建てビルぐらいの高さ。貯水容量は琵琶湖1杯分とのこと😳
放水はなかったものの、期待に違わず大迫力でした。
木曽(長野南部)は馬肉が名産で、こちらでキャンプをする際は必ず買っているものがあります。“おたぐり”といい、馬肉ホルモンなのですが炒めて焼きそばの具に加えるとめちゃ美味しい。今回はキャンプではないですが当然それを求めて地元スーパーへ…
ところが精肉コーナーに置いていない。店員さんに聞いてみると今日は入荷がないとのこと。残念😭 ところが野菜がめちゃくちゃ安い! 新鮮そうで色味もいいので母とキャーキャー言いながらアスパラ、きゅうり、ナス、バターナッツ、桃、人参、かぼちゃ、ゴーヤなど段ボール1杯の野菜を買いました。(写真忘れた!)
そのあとおたぐりとは別の名物、ソースカツ丼を食べに。カツは柔らかく甘辛ソースがよく合い、かなりの美味でした。他の地方にもソースカツ丼なるものはありますけど木曽のが一番かも!?
お腹いっぱいになったところで日帰り温泉へ。サウナに入ったあと(無理せず6分ほど。)露天にあるベンチ型の岩に寝転びしばらくダラーっと。陽にあたった岩の熱で疲れが取れた感じ。湯にはほとんど浸かってないけど、さっぱり✨
ここもキャンプの際にはよっていくことが多い場所なのですが、コロナ禍以降にリニューアルしたらしく、清潔で気持ちよく過ごせました。(温泉の写真は拾いです。さすがに汗)そして帰路へ。
母には久しぶりに温泉に来れて嬉しいとの言葉をいただき、連れてきたこちらも嬉しい限り。歩けるうちにあちこち連れて行ってあげたいです。
#母とデート
#木曽
#飯田







ほいほぃ°・𓏲𓎨
10枚届いたので
新しいピックで1曲弾き終わったら これ💦
ついにあたいも
こんなになるまで気が付かんと
弾くようになったんか(笑)


みそしる
豆腐シリーズの続きもので
お天気マークシリーズというのを
キープしてたんですけど
今年の夏は間に合いそうなので
まとめて出してしまいます[大笑い]
朝の番組の晴れマークだけ描いてみました
どんだけ手抜きしたいんだよって?
そりゃあ、、、めちゃくちゃしたいんです[泣き笑い]
何度でも言います、8月はGRAVITYは捨て月間ですよ…[疑っている][疑っている][疑っている]






ダウナー
「娘が発熱だって。38.7℃。どうする?俺休む??」って言葉に、夫も仕事大変だろうなと思って、自分が時間休貰って帰って来た直後夫帰宅。
まだ勤務時間だったのに帰って来て「娘どう?」って言ってくれたことへ勝手に期待した自分が馬鹿だった。
発熱以外は元気な娘の姿見たら「あ、大丈夫そうじゃん!じゃ、飲み会行ってきまーす」って出て行ったわ。
早退した私の代わりに残業して貰った先輩と娘のために私を帰してくれた職場に謝れ!!!
バーグマン
2020年8月、大腸がんステージ4と診断され、2度の入院手術
5年生存率は50%
2021年8月、いろんなものを見ておきたいとバイクに乗り始めた
2023年8月、肺に再発転移
夏休みに九州旅行のはずが入院手術になった
2024年8月、明日から九州旅行
私はまだ、生きている
まだ、生きてやる


はる。。ニャ👒🎶🧸
高井田ラーメン【持ち帰り用】
うまうま
高井田ラーメン知ってる?
極太麺で真っ黒のスープ
初めて食べたときは?てなったけど中毒性があるねん
機会があれば食べてなー
#おうちごはん #GRAVITY料理部

わち
『シャーロック!』って呼ぶ声が好きだった。
海外ドラマにハマりまくってた頃
彼女の声をいちばん聴いたように思う。
まちがいなく私の『比類なきもの』
ナンバーワンの人だった。
正直ロスがすごい。
下手くそな絵でも描いて昇華しないと
立ち直れそうになかった。
そう。優しく 厳しく 美しい。
凛とした声の人だった。大好きだった。
話しだしたら止まらないのでこれでお終い。
改めて 御冥福をお祈り申し上げます。
#田中敦子 さま

Memories for My Master
るる
いろいろな意味で若かった頃の40代とかけ離れてる…
自分が幼すぎて嫌になる…
前向きに、自分らしく生きていきたい
ciel🌈
#写真好きな人と繋がりたい
#夜景
#キラキラ
#レインボーブリッジ
#東京タワー


まゆりん⚠️🌺🔮
去年であった、子どもたちから
「ぼくは○○が難しいんだ」
「私は○○が(周りに)ついていけなくて」
という声が聞こえた。
まだ6歳、そんな幼い年頃の子供達も
学校という組織に入って「みんな一斉にできるようになりましょう」という圧力がかかり
思うことがあるようだった。
彼ら、彼女らがそれまでみてきた「大人」とは
保護者の方、先生あるいは保育士さんなど
しっかりとした部類の大人ばかりだったのであろう。
突如学校に現れた、「クラスメイトのお母さん」でありながら、不完全な大人である私は
彼ら、彼女らが心を開き、苦しさを吐露するのには、ちょうどよい存在だったと思う。
先生には、保護者には言わないような
苦しい心の声を私が聞いたのは
偶然だとは思わない。
なにかの引き寄せだと思う。
これからの子どもたちは
自分の得意や苦手をしっかりと分かったうえで
自分がどうしたら、より世の中のチカラになれるのかを知って、羽ばたいてほしい。
そのためには、どんな生き方で自分が世の中をよりよくできるかの、知識が必要だ。
人とあたたかくつながり、共に支え合うが体験が必要だ。
そういう力を伸ばす「なにか」に
今後の人生、力を添えられるようになれば
私が不完全に生まれ、見過ごされ
不完全な大人となって
これまでのキツイ経験も
すべて「私は、この人生でよかった!」と
心から思えるような気がする。

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