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ゆう(低浮上中)
1958年5月5日こどもの日、
今から63年前、広島平和をきずく児童の会・生徒の会によって、佐々木禎子さんをはじめとした原爆遺児の霊を慰め、世界に平和を呼びかけるために建立されたものです。
「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」と書かれた碑文には、いつも多くのお菓子やお話が手向けられており、背後には祈りを込めて寄贈された折り鶴のほんの一部が、クリアケースの中で丁寧に飾られています。
その更に後方中央には、世界遺産の原爆ドーム(旧産業奨励館)が見えます。
この像と原爆ドームの間には、ノーモアヒロシマと書かれた立札があります。
像の向かい、中島を横断する道路を隔てて反対側中央には、平和の灯があり、その更に奥には、原爆死没者慰霊碑(通称平和記念碑)、平和記念資料館と続きます。
像の中央内部には紐が垂れ下がっており、それを降ると鐘の音が響く構造になっており、訪れた人の多くのが鐘の音を鳴らし、静かに手を合わせます。
そもそもこの「原爆の子の像」が建立された背景には、幼くして広島の地で被爆した、佐々木禎子さんという方が大きくかかわっています。
被爆した彼女は目立った外傷もなく、その後も元気に成長していきました。
しかし、小学6年生になったある時、血液のガン、白血病を発症しました。
その後彼女は、人から聞かされた「鶴を千羽折れる頃には回復する」という言葉を信じ、折鶴を折り続けました。
でもその折鶴は、いつまで経っても千羽になりません。
「千羽降り終わってしまったら、あの子は希望を失ってしまう」と思い、彼女が折った折鶴の数を伝えていなかったのです。
病床で折鶴を降り続けて8ヶ月後、彼女は静かに息を引き取りました。
病に負けず、懸命に生きようとした彼女の行動を称え、原爆遺児の御魂が、せめて安らかであることを祈り、二度とこのような悲劇を繰り返ししてはならないという戒めを込めて、この像は建てられました。
#平和の祈り#ヒロシマ#原爆の子の像#佐々木禎子さん#千羽鶴






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