結局の所創作物を通して何かを示すという行為は何であれ政治的側面とか宗教的側面を孕んでしまうものだし、そこはそういうものだと思って素直に受け入れるしかなかろう、とは思う(ここでの“洒落臭さ”をどこまで脱臭できるか、は創作者の腕による)