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よん

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夕暮れ前の書斎には、雨が軒を打つ気配が、湿りを帯びた空気となって溜まっていた。硝子窓を伝い落ちる雫は、意識にのぼる以前の衝動のように、かたちを結ばぬまま、ゆるやかに滑り落ちてゆく。

恒一郎は今日も机に向かわず、肘掛椅子に深く身を沈めて本を開いている。そこにあるのは、かつて彼自身が書いた文章であったが、今の彼にとってそれは、もはや自分の肉体から剥がれ落ちた、他人の皮膚のようなものであった。

眼鏡の奥で、文字はひそやかに脈を打つ。
それを読む彼の指先だけが、妙に白い。

女中は、そこに居る。
居る、というより——在る、と言うほうが近かった。

用向きをすべて終え、名目を失った時間が訪れると、彼女は自然の理に従うように、恒一郎の膝元へ身を寄せた。断る理由も、断られる理由も、存在しない。

触れているのは、肩口と、髪の先と、体の重さ、その一部だけ。
その限られた重なりこそが、彼女にとっては完全であった。

恒一郎の指が、思惟を伴わぬまま、彼女の髪に触れる。
引き寄せることも、撫でることもない。
ただ、乱れてはならぬものが、乱れていないかを確かめるように。

女中は、恒一郎の指先に、触れてはならぬやさしさが紛れ込んでいることを、皮膚より先に知る。

目を閉じる。
眠っているふりをするのは、恥を悟られぬためではない。意識を保ったまま触れられることのないように。

——起きていれば、望みが生じる。

頁を繰る音が、雨と重なり合う。
その微かな反復の中で、彼女の内側には、名づけようのない快が沈殿していく。

やがて夕闇が書斎に忍び込み、ランプに火が灯される。橙色の光の下で、恒一郎は一瞬だけ、本から目を離した。

——言葉は、必要とされていなかった。

言葉というものは、最初から、この二人のあいだに差し挟まれる余地を持たなかったのである。

彼女の重みを崩さぬまま、恒一郎は再び頁へと視線を戻す。

雨は、なおも静かに降り続いている。
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