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コマリ📚
前に住んでいた家で強盗に入られ、私のバッグだけ盗られた
私はドアを閉めた洗面所で洗濯機の乾燥が出来上がるのを待ってたので、私の存在には気づいてなかったから怖い思いはしなくて済んだ
あの時、この本たちがあれば投げつけて攻撃できたのになーと思う笑
そんな本棚を披露しています
ジュールベルヌのデカさと重さ舐めんなよ、と

Get Out (feat. Justin Timberlake)
コメント
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みみみ。
漫画とか本を読むのと音楽を聴くのとゲームが好き
運動は嫌いじゃないけど体育会系の人はちょっと苦手
朝死ぬほど弱い
猫派
朝は寝てるから朝ご飯は食べない事が多い
最近lolにハマってる

コマリ📚
元旦からウザい男が1人…
本読んでる間は1人遊びしててほしい…
かわいいけどね〜


🎀
――この三つは、もともと一つの装置だった
国家、貨幣、労働は、別々の制度のように見えるけれど
本質的にはひとつの循環装置だ。
国家は「秩序を維持するための枠」
貨幣は「価値を流通させるための記号」
労働は「人が社会に参加するための入口」
この三つは、本来セットで設計されていた。
ところが近代以降、これらは分断された。
国家は「統治装置」に、
貨幣は「支配の単位」に、
労働は「交換される商品」へと変質した。
この分離が、現在の歪みを生んでいる。
⸻
国家──共同体の管理装置から、抽象的なシステムへ
もともと国家は「守るための器」だった。
水利、治安、災害、紛争調停。
共同体が存続するための“場の管理者”である。
しかし近代以降、国家は抽象化される。
領土よりも制度
人よりも統計
共同体よりもGDP
国家は「人を守る構造」から
「数値を維持する構造」へと変質した。
その結果、国家は国民の生活感覚とズレ始める。
国家は成長しているのに、生活は苦しい。
国家は安定しているのに、人は不安定。
ここに、断絶が生まれた。
⸻
貨幣──交換の道具から、支配のOSへ
貨幣は本来、信頼の代替だった。
「この人を信じて物を渡す」代わりに
「この印を信じて取引する」。
しかし金融が高度化すると、貨幣は意味を変える。
・価値を測るもの
・価値を保存するもの
・価値を増やすもの
こうして貨幣は「目的」になった。
人は生きるために金を得るのではなく
金を得るために生きるようになる。
この瞬間、貨幣は
交換の媒体から「行動を支配する原理」へと変わる。
そして貨幣を発行・制御する主体が
社会の実質的な設計者になる。
⸻
労働──生存から切り離された活動
本来、労働とは
生きるために自然と関わる行為だった。
だが現代では
労働=賃金を得る手段
になった。
ここで致命的な分断が起きる。
・意味ある行為と報酬が切り離される
・生きる実感と働く理由が分断される
・人は「何のために働くのか」を見失う
そして労働は
自己実現ではなく
生存条件になる。
これが、現代の疲労の正体だ。
⸻
三つをつなぎ直すという発想
国家・貨幣・労働は、もともと一体だった。
国家は「場」を整える
貨幣は「流れ」を作る
労働は「関係」を生む
これらが分離された結果、
国家は空洞化し
貨幣は暴走し
労働は苦役になった
では、どう再接続するか。
答えは単純で難しい。
「生きる」という感覚を中心に戻すこと。
国家は
成長を管理する装置ではなく
人が安心して存在できる場を整える装置へ。
貨幣は
価値を貯めるための道具ではなく
循環を滑らかにする潤滑油へ。
労働は
生存の条件ではなく
関係を結ぶ行為へ。
⸻
これは理想論ではない
すでに世界のあちこちで兆しはある。
・ベーシックインカムの実験
・地域通貨やローカル経済
・ギフトエコノミー
・オープンソースと無償協働
・DAOや分散型組織
どれも共通しているのは
「恐怖を前提にしない」設計だ。
恐怖が減れば、管理も減る。
管理が減れば、自由が増える。
自由が増えれば、責任が生まれる。
これは理想論ではなく、
人間の心理構造に沿った設計だ。
⸻
結論:国家・貨幣・労働は“再接続”される
革命は不要だ。
破壊も不要だ。
必要なのは
国家を敵視することでも
市場を否定することでもない。
それらを
「恐怖を前提にした装置」から
「信頼を前提にした装置」へと
静かに書き換えること。
右脳が感じている違和感は正しい。
それは世界が壊れているサインではなく
次の設計へ移行する予兆だ。
国家も、貨幣も、労働も
本来は人を縛るものではなく
人が生きやすくなるための“道具”だった。
その原点を
もう一度取り戻すだけでいい。
そしてそれは
革命ではなく
思考の再配線から始まる。

さ丸
人類の段階が合っていなかった
これをもう少し構造として分解すると見えやすい
まず共産主義は 多くの人が思うような
平等にするための制度 ではない
本質は 信頼を前提にした循環の設計 だ
信頼があるなら 共有は自然に起きる
誰も奪われないと思えるなら 分配は暴力にならない
逆に 信頼がないなら 共有は奪い合いに見える
分配は没収に見える
この時点で 共産主義が成立する条件は一つに絞られる
恐怖が小さい社会であること
20世紀の共産主義が置かれていた環境は真逆だった
戦争 革命 貧困 外敵の脅威 情報不足
国家の寿命そのものが短く 人々は常に奪われる側の緊張にいた
この状態で 共有を実装すると何が起きるか
人は分けるのではなく 隠す
守るために嘘をつく
奪われないために権力にすがる
そして権力側は 共有の理念を守るために 監視と統制を増やす
ここで致命的な反転が起きる
本来 共産主義は 管理を減らすための思想 だったのに
実装段階では 管理を最大化する装置 に変形する
これが歴史上の全体主義化のメカニズム
つまり共産主義の失敗は
理想が間違っていたのではなく
実装環境が恐怖ベースだったことにある
恐怖の中で 平等をやると
人は優しさではなく防衛で動く
その防衛が集団化すると 監視国家になる
この構造は思想に関係なく再現する
どんな理念でも 恐怖が土台なら統制に向かう
じゃあ 右脳が開けばなぜ可能性が上がるのか
右脳が開くとは
感じる力が回復すること
共鳴が戻ること
他者を脅威として見る前に 同じ場として感じられること
この状態になると 共有は倫理ではなく 生理になる
奪うと自分が壊れると分かる
独占すると場が腐ると分かる
だから分ける
これが右脳的な社会性
左脳は ルールで人を整える
右脳は 空気で人を整える
右脳が働いている共同体では
細かい監視や罰がなくても回る
なぜなら 逸脱の前に 共鳴の圧が働くから
これは神道や祭りや村の同期がやっていたことでもある
ここで重要なのは
右脳が開いた共産主義は
全員を同じにすることではない という点
20世紀の共産主義がやったのは
差異を消して管理することだった
だから窒息した
でも右脳が開いた共産主義は逆に
差異を残したまま奪い合いを減らす設計になる
つまりこう変形する
平等の強制 ではなく
最低限の安全保障の共有
そして上は自由に実験できる余白
言い換えるなら
競争を消すのではなく
生存競争だけを消す
創造競争は残す
ここまでくると 共産主義というより
次のOSに近い
だから今 共産主義が再評価できる理由は
制度として復活するからではない
感覚として すでに一部が始まっているから
オープンソース
コミュニティ
ギフト文化
推し活
互助
寄付
共同制作
これらは 命令されてやっていない
右脳が動いているから勝手に起きている
この領域はすでに
小さな共産主義的循環として現実に存在している
じゃあ何がボトルネックか
最後はここになる
恐怖を増幅する装置が強すぎる
金融不安
格差
炎上
承認競争
不安定雇用
孤独
これらは右脳を閉じさせる
右脳が閉じれば 人は信頼できない
信頼できないと 共有はできない
だから次の社会は
経済政策でも制度でもなく
恐怖の総量を減らす設計 が中心になる
その時 共産主義は
国家の形ではなく
恐怖を下げる技法として再解釈される
結論はこう
共産主義は失敗したのではない
恐怖の時代に 無理やり実装された
だから歪んだ
右脳が開くとは 恐怖の回路が弱まること
恐怖が弱まれば 共有は監視ではなく循環になる
共産主義は
独裁の思想ではなく
信頼が前提のOS
人類がそこへ届くかどうか
それが今の分岐点

臼井優
「自立した管理能力」へとシフトしています。
以下のポイントを参考に、自身の家事レベルをチェックしてみてください。
1. 習得すべき必須家事スキル
料理: 献立作成から買い物、調理、後片付けまで一貫して行えること。
洗濯: 洗濯機の操作だけでなく、素材に合わせた洗剤の選択、干し方、アイロンがけ、畳んで収納するまで。
掃除: 自分の部屋だけでなく、トイレ、風呂、キッチンなどの共有スペースの汚れに気づき、自発的に清掃すること。
名もなき家事: 消耗品の補充(トイレットペーパーや洗剤など)、ゴミの分別とゴミ出し、郵便物の整理など。
2. 「自立」と見なされるための行動
家計への貢献: 生活費を入れ、インフラ(電気・ガス・水道)のコスト意識を持つ。
スケジュールの共有: 自分の予定だけでなく、家族の食事の有無などを把握し、無駄を作らない。
3. スキルアップのためのアクション
「家事の可視化」: 家族が普段何を行っているかリスト化し、担当を明確にする。
アプリやツールの活用: 料理レシピサイトや家計管理アプリを活用し、自分一人で完結できる仕組みを作る。
一人暮らしを検討している場合や、将来のパートナーシップを考える上で、これらのスキルは「2026年の標準的なリテラシー」として重要視されています。
まずは週に数回、特定の家事を完全に引き受けることから始めましょう。

るぴ👵

花束を君に

ジョリー
今日の植物
ハオルシオプシス・十二の巻(だったかな?)
一時ハオルシオプシスにハマって大量購入した際の一番キレイだったやつを残した遺産的な笑?
うちに来たときから中心部が新緑色していて目立ってたね
程なく子株を大量に生産してくれた優秀な子です
十二の巻独特のあの深い緑の重厚さもめちゃめちゃ惹かれるのですが
この何とも言えない「元気だよ!」な感じが好き
実際元気かどうかはどうなんだろ?
多分大丈夫だと思うけど
これからも大事にしていきたいです


やすみ
喪中につき新年の挨拶を遠慮させて頂きます
今年もどうぞよろしくね〜♪



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R@関西G

ガイ
ペキペキペキとは何ですか?
ペキペキペキは、一般的に「ペキペキ」とした音や感触を表す擬音語です。具体的には、何かが割れる音や、硬いものが折れるときの音を指すことが多いです。例えば、氷が割れる音や、乾燥したものが崩れるときの音などが該当します。
この言葉は、日常会話や文学作品の中で使われることがあり、特に感覚的な描写を強調するために用いられます。音や感触を具体的にイメージさせるため、視覚や聴覚に訴える表現として非常に効果的です。
もし他に具体的な文脈や使用例があれば、もっと詳しく説明できるので教えてくださいね!

- ̗̀ろ

保育園
ペキペキペキの意味は?
ペキペキペキは、主に日本の若者の間で使われるスラングで、何かが「パキッ」としたり、「カリッ」としたりする音を表現する言葉です。具体的には、以下のような意味合いがあります。
音の表現: 何かが割れる音や、食べ物がカリッとした食感を持つことを指すことが多いです。
感情の表現: 何かがうまくいったり、気持ちがスッキリしたときに使われることもあります。
この言葉は、特に軽いノリで使われることが多く、友達同士の会話でよく耳にします。例えば、楽しい出来事や成功したことを表現する際に「ペキペキペキ!」と使うことで、楽しさや喜びを強調することができます。

おじょ
痛い、朝までまもってくれ…
今日夜勤明けたら大人しくしてるから…
ガチで痛い…

とんへ

れおん
#annkw

てけね

もちゐ
ペキペキペキはどこで使われる言葉ですか?
ペキペキペキという言葉は、主に日本の音楽や文学の中で使われる表現です。具体的には、以下のような場面で見られます。
音楽: 特に和楽器や伝統音楽の中で、リズムや音の強調を表現する際に使われることがあります。例えば、太鼓の音や、特定の楽器の音色を表現するのに適しています。
文学: 詩や物語の中で、特定の感情や状況を強調するために使われることがあります。例えば、緊張感や急な変化を表現する際に効果的です。
日常会話: 一部の地域や特定の世代の間で、軽い冗談や遊び心を持った表現として使われることもあります。
このように、ペキペキペキは多様な文脈で使われる言葉であり、特に音やリズムに関連する場面での使用が目立ちます。

ねけ
SDキャラ描いてもいい人いたらいいねしといて~
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てとて
え! 強盗⁈そっちが気になりますよ!
双子パパ
え!福永武彦じゃん!ぜんぜん話が入ってこない!
てとて
犯人捕まってるのもなんとも…笑 本の話入ってこないですー