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名無し
例えば、人に称賛された時。すぐに心が浮き立っていては、次元が低い(=レベルが足りていない)。
嫌な奴に出会った時。表出するのは、相手の嫌な人間性じゃない。むしろ、そのときの自分の在り方、自分自身の人間性が露呈する。
なぜか。目の前の出来事にどう意味づけを施すかが、最終的にはいつも自分に問われているからだ。
その意味づけの水準、つまり解釈の器を決定づけるのが、自分の次元の高さだ。もし自分の次元が十分に高ければ、どれほど嫌な出来事に遭遇しても、心を乱されることはない。それに影響されないだけの余裕と成熟が備わっているからだ。
称賛に左右されるということは、結局他人の評価を気にしているということ。その次元にいるということは多くの場合、他人の批判にも簡単に左右される(=耐えられない)。
人生の中でレベル100の「嫌な出来事」が目の前に立ちはだかっても、自分のレベルが1万、あるいはそれ以上の域に達していれば、もはや影響を受けることすらない。
自分の次元が十分に上がれば、世の中のほとんどの出来事が低次元になる。よって、俗世間の瑣末な事象には簡単には動じることがない、強く、自由に生きる境地に至ることができる。
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