マチュとニャアンは視座が低いというか、物語全体の中で見てる範囲が凄く狭い(視聴者はヒゲマンのシーンとかでもっと情報が多い、というか多すぎる)ので感情移入云々の話が出た時ってその辺りの齟齬があったんじゃないかなあと今さら思う
あと自分の子が担任に抱っこされるのは泣かんけど別のクラスの先生やと泣く時「あ、この先生はあかんのか~」じゃないのよお宅のお子様の人見知りなんよちゃんと人の区別がついてるという成長の一貫なんよこの先生が嫌いとかじゃないのよしかも新人にそれ言うのやめてもろてもええか人足らんねん