投稿

ジョドー
今日8月7日は、司馬さんこと司馬遼太郎の101回目の誕生日となる。日本が敗戦となった月に誕生日があるのが厭わしかったのか、生前の司馬さんは自分の年齢に対して意識的に無頓着なところがあった。
少なくとも、彼が後に小説を書くきっかけとなった21から22歳にかけては、自分が日本に生まれたことすら宿痾に思えたのだろう。だからこそ、この頃の自分に戦争中の日本や日本人は愚かだったかもしれない。でも、戦国時代や幕末・明治期の日本人は違った。それを証明するために、歴史小説を手がけるようになったと言った。
日本や日本人は決して捨てたもんではない。そのような気概で書かれた『竜馬がゆく』、『国取り物語』、『坂の上の雲』などによって、前後の日本人を大いに励ました。司馬さんと生前親交のあったドナルド・キーンは、人柄の良さを認めつつも文学そのものは評価しなかった。
あるいは司馬さんの作品には、日本人でなければ理解できないエッセンスがあるのだろう。彼の著作がなかなか翻訳されない所以がこのあたりにあるのかもしれない。
この先、50年後あるいは100年後になったら、司馬遼太郎の作品は読まれないかもしれない。だが、彼の日本や日本人に対する愛情の深さが忘れられなければ、細々とでも読み継がれるだろう。ある読まれなくなった古典が、一個人が読むことによって息吹きが甦るように。
話題の投稿をみつける

エビフ

のりを

o4🌈に

りばん

かわら

おるか

山田猫@
ヒロインの精神は健在で、人の身体使ってんだからもうちょっと頑張れよ!!!ってキレてもいい。

ぬこぱ

えぬ

白井リ
もっとみる 
関連検索ワード
