真実を混ぜた嘘は嘘なのか本当なのか。
あやふやが1番気持ち悪いよね( ⌯᷄ω⌯᷅ )
芝
だから、真実混ぜた嘘は、嘘。
嘘が混ざった真実は、嘘が混ざった時点で真実ではない。
真実はいつも一つ。
頭脳は大人、見た目は子供は、大人なのか子供なのか。

たわけ

お前に名前教えたない

みき

みあ
結局どこやなにを信じるかは自分次第
へにょ

ヒデキ

トミー

パルス

やちん
真実を混ぜた嘘は嘘①
植物に含まれるある種の色素は目に良いとされる▶︎トマトは赤いので目に良い
嘘を混ぜた真実は限定的に真実②
トランプは道士によって太陽系の予言を行うために作られた▶︎トランプの並び替えのパターン数は太陽系の惑星の原子以上
①は主張したい内容が嘘であるので嘘
②は右半分の主張は正しいが、理由付けを挟むと嘘になる。混ぜることで嘘になり得る。
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注射用水に砂糖入れていくら薄めても注射用水に戻りはしないよね?
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以下コメント復元
嘘が目的によって真実となる場合がある例としてGoogle Mapの例示。デジタルではアナログのデータを全て扱えない。
それにリプライしようとしてたこと
確かに。面白い例です。
世には(過去の私を含めて)「周囲のことを騙して評価を得ている自分に罪悪感を覚える人間」が散見されますが、周囲の人間が自分を測る尺度より厳密すぎる基準を自身に当てはめてしまっているのだろうなと。
人の話を聞いた時の論理の飛躍を自分の中で接続できる時に嘘であっても本当と思ってしまう場面はありそうだなと。『納得感に繋がる最小の飛躍』は個人によって異なるものだと思いますし、そこの違いで同じ話でも意見が割れるようなものも作れそうです。
Google mapの例だと、テクノロジー(という文言)が飛躍を助けるある種の緩衝材として働き、ユーザーが多い分飛躍の単位も共有できてそうです

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