寂しい、にも種類があると思います。・恋慕・友愛他にも、色々あると思いますが、ここでは2つのみ。・恋慕→この場合の寂しいは、正直切ない話になります。何故なら、「相手を思う気持ち」と「相手から受け取る思いや行動」が一致してないからです。それを相手に望めば解消する訳でもありません。・どう解消するか?→私も明確な回答は持ってません。それでも、相手と対話する事が一番大切だと思います。人は、言葉や行動にしないと気持ちが伝わらないものです。特に、私は言葉にすることを大切にします。先ずは言葉を伝えなければ、その裏にある行動の意味や背景は輪郭がぼやけてしまうと思うからです。なので、寂しい時はたった一言、「寂しい」を伝える勇気を持って下さい。難しいと思いますが、先ずはこの一歩からだと思います。それでも寂しい思いをそのままにされるなら、残酷な事を言いますが、恐らく未来は有りません。この場合は、時間だけが解決してくれるのを待つ他ないと思います…・友愛→本質は対話だと思うのは変わりません。ただ、対象が複数存在する点が異なります。・どう解消するか?→誰でもいい訳じゃない、というのは分かります。それでも、新しい関係性を築く事も一つの手段です。大切な事は、「自分は独りじゃない」という実感だと思っています。その為に、-過去の縁を繋ぎ直す-今の縁をより強くする-新しい未来の縁を探す何でもいいです。投げやりでは無く、選択に拘る必要がないということです。寂しい時は寂しい、それでいいです。ただ、独りで抱え込むぐらいなら、誰かを頼っていいと思います。時に傷付く事もあります。それでも、思いは言葉にしないと伝わらないと思います。・最後に→私も、日常的に寂しさを抱えています。友人も少なく、知人と呼べる関係ですらあまり多くありません。友愛に届く関係性が無ければ、恋慕と言える関係性など皆無です。人は誰しも寂しさを抱えています。それを言える人がいるなら、その人は幸せです。私のように、打ち明けられる人が居ない場合は、こういった場所で吐き出すだけでもいいと思います。それだけでも、少しは楽になるものだからです。