言葉で喧嘩売ってきた相手をぼこったら、ぼこった方が悪いのか、それとも先に喧嘩を売ってきた方が悪いのか…
理由付きで教えて

吉良吉影

ナトル
ただ時代が時代なら大義名分さえあれば英雄という パターンもありますね
まあ〜古今の戦争で挑発、 罵詈雑言、言葉 合戦、偽情報、ゴシップ、フェイクニュース、で相手が不利になる場所を誘導させてボコすという手段が多かったと聞いておりますので 言葉の暴力はある 意味 常套手段なのかもしれませんね

伯爵
第三者が価値観を裁く時、いわゆる「疑わしき」を罰することは困難であるように、曖昧なものを裁くことは難しいのです。
逆に言葉は物的証拠たり得ず、他者から見て明確に「それは暴力に至っても致し方ない」という結論を引き出さない限り、「言葉の被害者」になることはできません。しかもその防御手段として(正当防衛を主張して)暴力を用いれば、それでも「情状酌量の域」をでません。
つまり暴力を振るった方が「悪い」か、「悪いが同情の余地はある」と両成敗になるか、その2択が精々です。
暴力を振るう以上、振るった方はかならず「悪」となります。
犯罪行為を行う者の多くは、そのリスクの計算ができないため、安易に「暴力」を選択します。
暴力を振るったにも関わらず、悪とみなされない例が唯一あります。
それが「戦争」です。
他者を、社会を、国家を説得しうる大義名分があるなら、その暴力は肯定さり得ます。
正義の名の下に暴力を執行したいのであれば、相手が「裁かれる必要のある悪である」と証明するか、陥れるかする必要があります。

ジーマ(初見)
喧嘩売る方も悪いしそれで暴力振るう方も悪い
それでボコられてもあくまで(仕方ない)てだけ言葉の暴力か物理的な暴力に良し悪しを問うな
見習い
ただ、物理的暴力には基本、合理性は無いので、第三者から見た時圧倒的に物理的暴力が不利だと思います。
そして喧嘩を前提とした姿勢は、どちらも悪いです。
としゆき

