何かしなきゃとか無理することが余計自分を追い詰めるから...共に過ごしてくれたひとときに感謝だけして眠ります。それから人に期待しないことです。これからすきなひと大切な人が出来たとして別れというとてもお辛い経験をしたのならそれが1番だと私の意見になってしまいますが思います。
母には死に化粧をしてあげました医師の死亡確認が終わったあとと、納棺の日、体洗って死に装束を着たときに親戚たくさん出入りあったけど、ふと母の亡骸が横たわる部屋に母と二人になったときには、母にたくさん話しかけました大きくて強くて面白くて厳しくて逞しくて、想像力も創造力も溢れていて、手先が器用で、料理が上手で、憧れの存在で、私はそんな母に育てられて本当に良かった弱音一つ吐いたこともない母から「休暇取れるなら取ってちょうだい」と頼まれ、すぐ休暇申請した。最期の一ヶ月、母の介護をして家で看取った話しかけた時には、涙が止まらなかった私がやったことはこれでよかった?と足りないのはなかった?と火葬のときは、母と仲良しの親戚の手を握り子供のように声を出して泣きじゃくった2年半前の話です難病の肺炎でなくなった母の苦しさを1ミリぐらいだけど今体感してるコロナ罹患し高熱後3日で解熱した発熱中は起き上がれずすぐ咳き込み、解熱後起き上がって過ごすことはできたが、立って調理していたら脂汗が出てめまいがした息が浅いのがわかる母はこの何百倍も苦しかったんだろうな毎日思い出しているけど、ゆっくり思い出させてくれてありがとう母に近づけるように、治ったら全力で頑張る追い越そうなんておこがましいことできないというか、まだ足元にも及んでないと思うでも、私なりにできることをしていく死後、聴覚は最後まで残るそうですね母には、私が話しかけたこと、聞こえてたかな母は空からなんて答えてたのかな[照れる]