物理的に豊かでなくても人のことを考えて優しい気持ちのこもった行動をしていたり、金持ちでも物やいい環境が無い人に対する想像力の豊かさがあることかな。自分で考えてしていることが自然に優しい気持ちにさせていたら心の豊かさがあってできることだと思う。
“余白”ですかね。何かのために備えた余白です。機械類で例えるなら、可動部位にわざと隙間を開け、衝撃を緩和する事。これを“遊び”と言います。余白(遊び)がある事で、人は寛容さ、豊かさを持つことができるかなと思っています。心は抽象的だからこそ、あらゆる形に例えられて面白いですね。案外、その形を定義しないことこそが“豊かさ”かもしれませんね。
わしは「ココロとは何か?」を30年考え続けて、自分なりの結論を見つけた者です。その結論から導き出される「心の豊かさ」とはモトの量です。例外はありません。……ホンマです😁で、「モト」というのは、わしがあると想定している『ココロの材料である、粒子』の名前です(もちろんわしが名付けました)。わしは長年の観察と考察の結果・ココロとは粒子の集まりで、量のある存在である・ココロの量が増えるといい気分になる・ココロの量が減るとイヤな気分が出るという結論にたどり着きました。よって「心の豊かさ」というものはおそらく、ココロがモトをたくさん持っていて、その状態をキープできていることだと考えられます。ゆえにやっぱりモトの量である、となります。これは、ココロという『感情を出すニンゲンの器官』の性質の話なんで、例外はありません。……ホンマです😁とはいえ、いきなりこんな話をされても「ポカーン」ですな😂わしは、この話に『#モトの話』と名付けて、ここグラビティで何年も連載をしてきました。まとめた本もアマにあるんで、面白いと思ってもらえたら、過去の投稿を見るか本を探してみてくださいな🥰