用途・コンセプトによる・レタッチ無し(カメラ側の設定を工夫)レタッチする時間すら惜しい、現地で納品、編集環境が無い、撮影行為自体に比重が重め・レタッチ有り(カメラ側の設定をニュートラル)作品撮り、作り込みたい、編集時間を工面できる、レタッチを前提とした撮影設定そもそもカメラで撮影する段階で肉眼とは違う機会的な補正が必ず入るから真の無加工など存在しない、と勝手に思ってる
←加工なし・加工あり→結論としては…人によるですね。一番つまんない回答ですけど[冷や汗]なんでそれぞれの意見綴っています↓〈加工なし意見〉カメラの設定や撮影タイミング、画角や己の練度などが如実に現れるから、何枚も撮って良い写真が撮れた時の気分はバカ上がりです。何度も理想にトライできるのは良き《加工あり意見》自分が「こう見せたい!」という思いを何倍に引き出してくれるし、撮影時とまったく別の雰囲気の仕上がりにする事もできる。人によっても様々な型があるから、ある人が加工した作品を一気に見れば意外と共通点があったりして、その人固有の雰囲気を感じ取れる。それが面白くもあり勉強にもなる
どちらもあり。写真という日本語がそもそもの誤訳。photo graphy 光の絵 なんです元は。真を写すなんて訳してしまったから、手を加えてはいけない、みたいな感覚に囚われてしまってるのが日本の写真の大きな勘違いなのです。
時と場合によっては必要な時もあるので加工はありかなと思ってます。もちろん、やり過ぎ注意ですが。ちなみに僕の加工はトリミングしたり色調補正したり最近はAIにお願いして顔に写り込んだ影を除去して貰ったり背景を足してもらったり…そんなとこです。