日本よりも危険な環境で生き抜いていたり、わざわざ自分の国じゃなくて日本で働かないと生きて行けなかったり多分日本人よりも努力家なんだろうなって最近は思うけれど、日本人の親切心や環境に漬け込んで度が過ぎてる人も居るからプラマイゼロだなあと。
なにかされたって訳じゃないけど、問題を起こす外人のニュースを見るたびにうんざりしてくる。日本で育って働いてるのに町中は外人外人外人ばっか。東京出張した時に東京の方が外人あまり見ないなって驚いた。大阪はわんさかいるよ…
私の知り合いには外国人が多い。そして、この日本にいるのが長ければ長いほどあるいは同種族が多ければ多いほど、「疎外感」「孤独感」を感じている外国人が多い事に気がつく。「English man in New York」みたいな感じなのかもしれない。私自身アメリカに留学していた経験があって一年を本土で、半年をハワイで過ごしたがそれぞれで感じた「生きやすさ」はまるで異なるものだった。まず本土での一年は、周りに他の日本人はいなかった。だから自分は特別扱いされ「まぁそれでも構わないかな」という甘えがあった。一年はまた短期間であったし。その甘えが他人の目から見たら「あってもいいだろ」と思えても、時間の経過と共に自身の中から「それではいけない」と消えてしまうと、途端に自分のその環境における特異性におけるマイナス要素がポジティブ要素を消し去ってしまうのだろう。結果的に「馴染みたいけど物理的に同じにはなれない」という永遠に解決しない問題を抱える時間と違い、同種族が多い人種の場合、日本人は既に「先入観」「ステレオタイプ」で彼らを判断しがちだ。韓国人や中国人に対しては特にそうだ。そしてその事を嫌でも「先人」から聞いている。だから内に籠りやすいし、それなら自分達で身を守れる様に「自治体」を築き上げるのが合理的な生き方となる。しかしそれも「疎外感」「孤独感」そして「閉塞感」を生み出すし、ハワイでの半年で私が感じたものはまさにそれであった。私は可能な限り日本人コミュニティから身を遠ざけていたが、それでも日本人に対する「ステレオタイプ」は耳に入る。今日本にいる韓国人や中国人も、同じなのだと思うと心が痛い。「迷惑かけなきゃそれでいい」という言葉は「郷に入っては郷に従え」であり、それはその通りなのだが、詰まる所その果てには「私達と同じ存在になれ」という圧力が存在する。そして先述した通り、「そうなりたいけど物理的に同じになる事は出来ない」という永遠に解決不能な問題がそこにはあるのだ。共存とは、「迷惑を互いにかけない」事ではない迷惑がかかってしまう事を双方理解した上で「おあいこだ」とその迷惑を建設的かつプラスの方向で循環する事が共存だ。欧米化してきた日本はそれを失いつつある。
入国している方について真にこの国を愛しお互いを尊重しこの国に恩恵をもたらすならば歓迎します。この国を汚し治安を乱し栄養だけを吸い取る寄生虫のような奴らは出て行け二度とこの国の土を踏むなというかそれを許して来た政府が一番悪い