みなさんは難しい思考へチャレンジしていますか?
難しい思考はお好きですか?それとも簡単な思考が好きですか?

サト
勝手に走り出すから指向制御だけしてる

ぬるぽ
深みを自分で決めないことも大事

ゆう

K
「難しい思考」という言葉はよく使われている。
でも、その中身は特に共有されていないまま会話は進んでいる。
定義を確認しなくても、会話は成立している。
どうやら意味の近似共有だけで十分らしい。
私は「難しい」と聞くと抽象度や前提の数、推論の段数を想像してしまう。
でも他の人は違う意味で使っている気がする。
もしかすると同じ質問に答えているつもりで、
それぞれ別の質問に答えているのかもしれない。
コメント欄を見ていると言葉の形式は違うのに、
似た違和感を持っている人は意外と多いようにも見える。
それでも会話は成立している。
たぶん、そこに何かがある。


K
分析の前提として、ここでは主要概念を操作的に定義する。まず難しさは理解負荷に関する主観評価であり、抽象度、前提数、推論段数、不確実性、メタ性の次元に分解される。次に思考は、前提・推論・結論の関係を当人が追跡可能に保持し、必要に応じて言語化できる情報処理であり、情報処理一般より狭く検証可能な構造を伴う処理に限定する。さらに思考が成立している状態は、前提明示、推論連結、撤回条件としての反証可能性、反対意見の最強版再構成という再構成可能性の充足度で指標化する。一方、思考停止は感情表出の有無ではなく更新規則が閉じた状態であり、前提固定・反証拒否・定義の未固定な使い回し・反対意見の非再構成として観察されうるが、ただし熟練した高速処理は説明省略として現れうるため外形的判定には誤分類が入りうる。最後に会話様式として、文脈共有型は関係維持・軽い相互理解・速度を優先して近似で進行し、定義確認型は議論開始前に用語・前提・検証条件の整合を要求して形式共有を優先する。

コーユー
ただし、ここでいう難しさは、知識量や計算力ではないです。試験やクイズは苦手。。。
ここでの難しさは、前提を疑い、言葉の定義を掘り直し、概念をつなげて構造にしようとする思考です。いわば“意味を設計する思考”です。
ただし、私は研究者でも専門家でもなく、これは純粋な趣味です。難しく考えることそのものを楽しんでいます。

直兄貴
諦めたら…そこで下降してく…
何やっても、拘りが物を言うのが職人さん。
意地の張り合いがまた、面白い(笑)
あーでもねぇ、こーでもねぇ、だけどゴールは一緒なんだよな!?
おめぇは、おめぇで腹括れ…乗り掛かった船最後まで~♪(笑)

はる

あつし

或
手の届く範囲からコツコツと、自由気ままに考えてるだけ。
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