それはまさに、私たちが直面する問題として、非常に強い懸念を抱いているものの一つです。元来、日本語というのは、非常に高度な感情表現ができる言語として、世界的にも珍しい歴史を持っています。そのような歴史のうえに成り立つ日本語を活用し、文章の中に「思いを込める」ことは、当にこれを体現し、相手に自分を表現できる高等手段であります。さて、お尋ねの、文章が長いだけで何も言っていないとの事柄についてですが、文章は時に、心の揺らぎを表現することもあるということに近いのではないかと思うのです。つまり、冗長な文章の中には、当初思っていたことと、心変わりが…疲れた。こういうヤツやな。最近できた政党にこんなやつおるな。