私は非現実的なものを信じない傾向にあるんですけど、占いとか、星座・血液型による性格診断とか信じてる方がいたらその理屈を聞いてみたいです。(統計学ってこと以外で)

まさたか

おにねこ
絶対では無いけど そうなんだろ?って
思うと案外付き合い方がわかるかもってくらいにしか参考にしてない、

たいよ

ジョン・ブル
世間の人たちとコミュニケーションとるなら「非現実なもの」も道具のひとつにはなるよ?

おっち
現実的な考え方や捉え方ばかりだと、世の中を渡っていくには精神的にしんどくなってしまうので、少しはオカルトも取り入れておこう、というのが私の占い等に対する考え方です。

音佐りんご。
占いの類いですが、必ずしもスピリチュアルではなくて未解明の物理現象を仮説で表したものともとれるでしょう。
流石に下駄を飛ばして雨が降るかを占うことに根拠や理屈(バタフライエフェクト?)は無いでしょうが、存外全くの無意味とも言えません。
というのも、下駄で天気を占う時、頭の中には晴れか雨かを思い浮かべています。
そして雨がいいのか、晴れがいいのかということも同時に考えているんじゃないでしょうか。
雨だったら何をしよう、晴れだったら何をしよう。とか。
下駄が表を向いて、仮に「明日は晴れだ」となったら晴れた時の予定を立てられる。
そういうのが占いの効果で、例えば古代なら国の存亡だったり農作物をいつ植えるか、或いは誰と結婚するべきか。
そんな悩ましい物事に仮であれ気休めであれ見通しが立てられ、或いは選択を後押しする要素になる。
星やタロットカード、あとは漢字のもととなった甲骨文字で有名な卜占とか。
星の巡りやカード、骨の亀裂が良い人生に導いてくれなくても、ずっと悩んでいるよりはずっといい。
特に明日病気や戦争で死ぬかも知れないような世の中だったら尚のこと。
加えて『無意識』というのも占いの要素でしょう。
或いは想像力とか、なんとなくそう感じるといった直観です。
星の巡りやカードの絵柄、卜占の骨を見て何か嫌な予感がしたり、不思議と心が落ち着く。それからしばらくして災害や或いは幸運が訪れる。
なんてことの因果関係は、下駄の裏表のように偶然に過ぎないとしても、その予感はもしかしたら本物かも知れません。
人間の脳は目や耳や鼻や口や肌、五感で様々な情報を読み取っていますが、その全てを意識しているわけではなく、特に気になった重要な情報はしっかりと、そうでない些細なものはぼんやりと人間の脳や心の動きは水面下でも動いて『無意識』に処理されています。
些細なことなのでほとんど役には立たない情報。星の数ほどあって、どれがどれだか言葉にすることもできないそれらが、しかしふとした時につながる。
それはあたかも星座のように、何か未来を示す予兆となって。

采
星座占いで考えると月によって流行病が異なるので、それによって生存戦略も変わるだろうし生まれた月によって性格に違いが出てもおかしくないんじゃないかと勝手に考えています。
統計が出てるから信じるというより、なんでそういう統計が出るのか考えるのが面白いから信じています。

ぬるぽ

ぉと

りん
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