……(´・∀・`)明日大切なひとが亡くなってしまうからって、特別なことはしないでも、当たり前に思わずにずっとありがとうって思い出に残ることする。景色がいいかな、亡くなってもある程度耳は聞こえるからすきって言いまくるかな…そんなこと言って、ぼくは終始泣きじゃくって生き残る道を死ぬ気で探してそうです。(*´∀`*)今まで、その人に変わらない気持ちを注いでこられたらいいなって心がけてる。それでいままでが後悔する自分だとして、明日亡くなってしまうとしたらずっと反省してしまうとおもう。…ありがとうの気持ちを込めるのはかわらず…!
可能な限り好きなことをさせてあげたい。でも、ふと思ったんだ。自分が逆の立場だったら。明日亡くなるなら、何をしたいのだろう。もう満足だと思える出来事か、それとも、まだ生きていたいと思える活力か。大切な人だからこそ笑っていてほしい。最後の最後まで。自分がどちらの立場になるにせよ、今日が最後なら笑って過ごせる日にしたい。
聞ける状態、聞ける関係性ならば、本人の希望を先ず聞きます。私はこれ迄に大切な人を亡くしたと言うと20年以上前に父親を亡くし、ショックのあまり、とても酷い鬱病に成りました。その時の事を話すと、私は父親の側に付きっきりでした。少しでも口に出来る物を考え持って行き、清潔な蒸しタオルを用意して身体を拭き、足をさすり、お父さんお父さんと呼び続けました。片時も離れず泣きながら側に付いていました。火葬場ではショックが酷すぎて、靄に包まれ記憶喪失に成りました。大切な人が亡くなると言うと事を、先に想像する事さえ、酷な事で、とても難しい事ではないでしようか?