幸福と感じる心かな…?毎日の中にも幸せはあるしどんな小さな幸せでもどんな大きな幸せでもその人が幸福と感じることができなかったらわからないまま何気なく過ぎ去る1日幸福を意識することが幸福と感じるために必要なことなのかも
1つ目は「自己肯定感」。2つ目は「今を生きている感覚」。3つ目は「幸不幸のバランス観」を捨てる。自己肯定感は幸福を感じるのに不可欠です。自分を認めると、人生をリアルに受け止める事が出来ます。今を生きている実感が持てると、後でも先でもなく「今」を生きられる様になります。この実感がないと、人は過去か未来に生きてしまいます。幸せを感じるのは今の自分なのですから。人は、不幸が続いたから幸せが来るに違いないとか、幸せが続いたから不幸が来るに違いないとか、幸不幸をバランスで考えてしまいがちです。しかし、そこに常に正の相関関係があるかは定かではないのです。不幸が続けば幸が来るに違いないは一時の慰めにはなりますけどね。幸せを感じるのに不幸を持ち出す必要はないのです。幸せに不安を抱いて不幸を自分で生み出す必要もないのです。幸せを感じるのを自分に許して、幸せな瞬間を逃さず、過去や未来に煩わずに幸せを実感してね。これ以上長く書くと誰も読みたくなくなるので、ここまでにしますね。
欲しいもの欲しいものを手に入れたとき幸福を感じるのだと思います。でも、よく考えてみませんか私たちはすでに多くのものを持っていませんか? もしも 脅かされることなく今日を生きて 安心して眠れる場所があり 食べることができて 飢えを満たせて 行きたい場所へ行けて誰かと繋がり、言葉を交わせて自分のしたいことが、ある程度できる それはもう、幸福と呼べるものではないですか? それでも、人は何かを欲しがり続けます。足りないものがあるとそれだけで不幸になってしまう本当はたくさん持っているのに。幸福を感じるために 新しい何かや大きな成功は 必ずしも必要ではないのかもしれません。 幸福を感じられないわけじゃない。ただ、そこにある幸福に気付けていないだけ。 自分が幸福だと気付けない人に必要なのは、実感だと思います例えば、不安で押しつぶされそうなとき できないことばかり見て、苦しくなるとき。 それでも 今の自分にこれはできる と思えて 小さなことでも、実際にできたとき。 その安堵と できた という小さな手触り その実感こそが 私たちが探している幸福の正体ではないかと 僕は思います。