潤ったという表現には疑問があるけれど、前進は前進する前の場所にいなければできないし、発展も幸福も不便と苦境を乗り越えることでしか出現しなくて、戦争がその足がかりのひとつであることは、間違いない。でも、戦争に至ろうとする流れに抗うことも挑戦と克服のひとつなので、必要悪だから戦争仕方ないよねと思考停止するのは違う(質問者がそういう意図で言っていると思ってるわけではない)。戦争根絶などたかだか数百年数千年でなせるはずがないけれど、抗う試みの数億回の積み重ねの末にそれは見えてくるかもしれないし、その過程でより洗練された戦争回避や早期終結の手法も編み出されるかもしれないのだから、都度都度抗うべきではある。
多少の影響はあったかと。でも本来なら流す必要のない涙を流す事になったのか。それで何を学び、何を感じたか。戦争は、技術の発展に影響ある面もあるかと思いますが、悲しみの先の利益より、時間はかかっても何も無いからこその工夫や発展を選びたい争いは、他に解決策を出せない無能の象徴と思います。