頑張れない日は、ちゃんとある。頭の中だけが先に走って、答えは見えないまま空回りする日。そんな時は、抗わずに、ただゴロゴロと過ごす。それでも、まる一日を手放すことはできない。家族がいるから、完全に止まることはない。きっと、独りだったらもっと長く、静かな不活動に沈んでいたと思う。だから、支えられていることに気づく。救われていることに、ふと感謝する。あくせくと働き続ける日々の中で、立ち止まる時間は、きっと“無駄”じゃない。何もしない時間は、次に進むための静かな準備。頑張れない日も、ちゃんと意味がある。