貴方は、自分の営為(発言や行動や振る舞いなど)の是是非非をどのように判断していますか?(本文あり)
コミュニケーションは常に相互作用的だと思います。
自分が行ったある営為が、Aさんには喜ばれ、Bさんには痛みを与え、Cさんには不快を与え、Dさんには好意として認識される可能性があります。
また、Aさんに対しても、完全に同じ状況を再現することはできず、Aさんのそのときの精神状態やキャパや余裕等でも反応は変わります。
このように、対人相互作用や場面や状態変化を考慮すると、『自分の行ったある営為』が、どのような機能や効用を持つのか、それは是非のどちらなのかを判断するのは困難なのですが、
貴方はこの困難さの中で、どのように自分の各営為について、他者影響について、場への影響について、対人相互作用について判断していますか?

〆さば

憂い顔の騎士

バージル

サト
是非の判断を自分で閉じてしまうんじゃないかな
営為→相手の反応→反応の観察→すり合わせ→…
これがコミュニケーションだと思う
是非の判断は?については
自分だけで判断するものではなく
リアルタイム補正するもの
だと思う
コミュニケーションを相互作用とするなら
その是非の判断も相互作用するもの
だと思うから
見習い
ただし、そのすべての反応に合わせようとするわけではありません。
自分の言動には、それを選択するだけの理由や正当性を説明できるか、また、望ましくない反応が起きた場合にどうフォローするか、というところまで含めて考えます。
その上で、他者への影響、自分が負う責任、その後の対処などを合わせて、最も整合性が取れると思う選択をする努力をしているつもりです。
なので「誰にも不快な思いをさせないこと」を基準にするというより、予測できる影響をできるだけ考慮した上で、それでも選択する理由を説明でき、結果にも対処できる行動を選ぶ、という感覚に近いです。

