根拠のない自信を持って人生を前向きに考えてるのって危険ですか?
私、なんとなくずっと心の中で根拠のない自信があって過ごしています。
楽観的といえばそれまでなんですけど、ハタから見たら大丈夫なん?その選択?って思われるような選択をして人生進めているのに、不安はもちろんあるし、停滞してるかもってときでも心の根底にずっと、「なんとかなるだろう、というかその時の自分が何とかさせるしかないから、なんとかさせてなんとかなるんだろう。きっとうまく行く、大丈夫だ」という自信があるんですよ。
ある意味メンタルをこの根拠のない自信に支えてもらってる部分もあるんですけど、これって考え方としては危険でしょうか。

ひっぽ
たか
やりたい行動と同時に、根拠を得るための行動を並走させる癖がつけば更に良いバランスになると思いますよ。

タヌ本
前向きに考えることは
危険ではないと思いますー
精神的を保つことは大事だと
思います( ・ิω・ิ)
逆に心配、不安、後向きな
考えに落ちると
色々と大変だと思いますー

さたさた
ただ、他の人も同じとは限らないので周りへの気遣いさえ忘れなければ最強だと思います[照れる]

celestar
自己肯定感や自己評価を上げるには一般的には理屈、理由で補強するが
その理屈が覆された時、自己肯定感が下がる
つまり逆説的に根拠がない自信は否定されようがない強い防衛であり、また強い虚無でもある
だから僕は音楽を辞めたの歌詞に「愛も救いも優しさも根拠がないなんて 気味が悪いよ」というのがある
根拠がない「けど」自分を肯定するのか
根拠がない「から」自分を否定するのか
同じ理屈なのに違う結果が得られる
これらから考えられるのは根拠がない状態は現在の自己肯定感、自己評価をより強める触媒だと言える
自分の意思を強くするのは根拠のある理屈でありそれを補強するのが根拠の無い自信だ
しかし根拠のある自信は自分軸でなくてはならない、他人との比較はアブダクションであり、常に変化し、他人は数え切れないほどいて元データを自分の都合で恣意的に操作出来るからだ
って事を考えて書いて投稿してなかった
ディスコの日記鯖に眠ってた
今もこの考えにそんなに変化はない
①自分に一貫性がある
②弱い自分、醜い自分も否定せずこれが自分だと理解して自己超克を繰り返す姿勢
これがあれば根拠のない自信が補強されると思う

コーユー
「きっとうまくいく」と思いながらも、リスクや失敗したときのリカバリーを考えたり、別の視点からも物事を見たりする。そうしておけば、挑戦するための自信はむしろ心の支えになります。
大切なのは、自信を持つことと現実を冷静に見ることは両立できる、ということだと思います。
「なんとかなる」と信じながら、「もしダメだったらどうする?」も考えておく。
そのくらいが、ちょうどいいのではないでしょうか。

スノウ
有意義だと思います。

うのう

ナトル
なぜならその根拠なき自信を阻むものって本人が一番よくわかっていたりしますからね。 それをどうやって打開するかという 打開策を考えたり
サポートしてくれる人はどういう人か支援してくれる 宛てがあるか ここで行き詰まったらどう行動するか そういう危険予測というのが 根拠なき自信を持ってる人は意外と持ってたりします。なにせ どんな手を使ってても成功したいという意志の強さがありますからね そのためにも人生の方向性を持つことがプラスの行動だと思います。
ただしその根拠なき自信が全て 環境や経済や資産 頼みなら必ずとは言いませんが 高い確率で失敗します 何せ 自分の力で成功するというよりは 環境 任せな部分ですからね

風の音
また、「なんとかなるだろう」と何かを経験するのと「やめておこう」と及び腰になるのでは、人生経験の深さも変わっていきます。
危険というのが犯罪や他人への被害、命にかかわる可能性があるかといった「最低限の判断力」は必要になるけど、それを備えてのことなら「自分のやりたいように生きる」のは自由ですし、それによってことがうまく行かなかったとしても「なにもしないより経験が増えるし、自分自身も納得できる」と思います[ウインク]
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