平和にはならないと思います。私は、平和とは単に戦争や暴力がないことだけではなく、差別や貧困、孤立などが少なく、みんなが安心して暮らせる状態も含むと思うからです。たとえ武器がなくなって争いがなくなっても、自然災害や事故、格差、生きがいを持てないことなど、別の要因は残ります。そもそも「武器」をどこまで含めるかも難しいです。拳や言葉だって、人を傷つけるために使えば武器になります。なので今回は、「人を意図的に傷つけるという発想そのものが存在しない世界」を想像してみました。それでも、災害や事故、格差などは残ります。そう考えると、武器をなくすことは平和への一歩ではあっても、平和そのものではないのかもしれません。
まず無理でしょうね。武器は、扱い方により「武器」と呼ばれるに過ぎないと考えられるので。拳だろうと、言葉だろうと、その辺にある石ころであってもです。平和を揺るがしているのは武器ではなく、あらゆるものを“武器”に変える人自身と考えられます。
武器が何を指すかによると思います。体を傷つける人工的な道具と捉えるなら、それがなくなったところで尖がった石一つで人の体は傷つけられるのであまり意味はないと思います。体を傷つける物全般だとすると、今度は心を傷つけるフェーズに移行すると思います。心も体も傷つけるものを武器とするならば、ディストピアになるのではないでしょうか。言葉は刃物という言葉もありますし、言葉が規制され武器になるものも淘汰され傷がつかない様に管理されるディストピアになると思いますね