貴方が感じた不快感の正当性を疑った経験
不快感・嫌悪感が湧いて出た事実だって、心の痛みだってそれは本当に正当化できるのかを疑える。正当化できないなら、今までの論理の瑕疵を意識することで自分の在り方そのものを変えられるかもしれないし、その傷だと思ってたものが傷ではなかったと認識を改められるかもしれない。
ということで、貴方が何に対して不快感を持ち、それは何故なのか、それをどう乗り越えたかを是非お話しください。
同じように、今の自分が何を不快に思いがちで、それに対して果たして本当に不快と感じる価値があるのか、その感情は正当化できるか等を自身で議論し投稿してみてくださいな。

pophat
人への不快感もそうで、どこか似ているのに自分が最も気を付けている部分こそが抜け落ちていると、イラただしくて仕方ない。
でも、似ているから腹立たしいんだと思えば、少し同情心も湧いてきます。

ベル

くりまんじゅうG
また、子どもが出来ると更に変わって来る。
世の中はさほど賢いワケでもくもなく、理路整然ともしていない。基本的な理念はあるものの偏見と各々の思惑で満ち溢れている。
正当性を誇示し続けていると他者とのトラブルが絶えない。
インド人は「アナタも他者に迷惑を掛けているのだから他者の迷惑も受け入れてあげなさい。」と言われて育つらしい。
知らんけど。

