“自分”という言葉の定義をどう捉えていますか?

タヌ本

きい

うに
影絵とかシミュラクラ現象ってわかる方はわかると思いますが、全く無関係とされる存在(影、三つの点etc)が何かしら自分が認識している別の存在と似ているものだと判別し、人によってはそれを楽しんだり恐れたり、様々な意味を与えていると思います。実際それらの現象って生物が草むらや木の影に潜む天敵や獲物を察知する際に使われる感覚を人間は完全に安全とされる環境の中で“遊び”だと置けているだけで、そもそも“遊び”という言葉もまた直接的に危険には結びつかない(or危険だということをまだ経験上知らない)日常的には味わえない身体の動き、脳に生じるズレを後から「遊び」だと命名しているらしいのですが、
結局のところ話を戻しますと、一時停止された言葉という目に見たり耳で聞いたり、盲目の人であれば手で触れてみたり、脳で処理できるように文字や音や形という状態に後から整えたものを“すでに知っている状態、こういう風に扱えばいい、もしくはこういう風に扱わないと危険である”という感覚から加工されたものをあたかも普遍的な情報であるとしているんじゃ?なんて思います。しかもそれってその瞬間加工された情報は確かにその時だけは真実だったとしても、その時から1秒でも時間が経過すればすでに「それが真実である、それが定義である」という言葉を信じているに過ぎず、その時点で過去のあなたにとって最も信用に値した加工された情報をあくまで現実であるとしているだけなのでは?なんて思います。
なので、「自分という言葉の定義をどう捉えますか?」って正味かなり意地悪な質問だなーと今になって思いまして、過去に答えてくれた方々が今自分の解答を見直して「いや、でも実際はこうか?」なんて考える点があるとしましたら、それはその時偶然思い出していた過去の出来事や身体が味わえる外界との関係性、刺激、脳や神経細胞の働き、詳しくないのでわかりませんが、完全に「自分」はひとつではないことの証明にも繋がるような気がします。
文字数すごいのでこの辺で止めます🙇♀️

もののけ暇

もくろむモノクロ
あくまで固有の物を指し示すための名称でしかなく言葉そのものは本質じゃない、例えばリンゴはリンゴという名前に本質はなく、それをあいうえおと呼ぼうとみかんと呼ぼうと、指し示した時に「それ」である事が伝わればいい。
言葉そのものはあくまで実体を持たないから会話したい内容によって上記みたいに都度定義を変えるのが吉

太陽
自分は自分でしょ?🤣
定義もクソもないでしょ笑

ユキオ

そら
他者以外の物事?
主語に自分を付けるかどうか、同じ答えを出したとしても、人によって自分であったり他人であったりする相対的なもの
語彙が足りなくて説明しきれないけど汲み取れる人いる?笑

ギゼン

甘い檸檬🍋
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