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あなたが「努力」する/したとき、それは大抵どんな時ですか?あなたはどのように生きてきたと言えますか?

外部の刺激なら、どんな時か。内部からの衝動ならそれは何か。思いつきで構いません。 また、その「努力」は主観で努力だと判断したものか、客観的にはそう呼ばれるものかも是非お答えください。 いくつか例をくだされば、一層助かります。 全く違う動機でこの人生で努力をしたかと思いますが、その共通点だったり、そこから説明される自分の生き様というのを、是非ご共有ください。
サト

サト

大きいとこで
「誰もやったことないから、やり方とかも見当つかんねやけどやってみてくれへん?」
って雑振りされたり
「来月からなんやけど横浜へ応援出張頼める?半年間」
って未知に放り込まれる時

気合い入ったのはガチ悩みをぶつけられた時

軽いとこなら朝起きること
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ビビリ

ビビリ

なにかに熱中する時
生きること(死ぬ意味を持たせるため)
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はかり

はかり

なんだか恥ずかしい話ですが、努力したことがないかもしれません。
熱中はあります。やりたくてのめり込むのはしょっちゅうです。
必要に迫られた時は努力というより危機感で動いている気がします。
自分で自分に鞭を打っているわけではなく、環境に鞭を打たれていると錯覚している感じでしょうか。

うーん、情け無い
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ふきふき

ふきふき

どんな時?
努力するときは、目的に納得していたり、
努力さしたときは、結果を受け入れられた時です。

どうのように生きてきたと言えますか?
決して褒められた人生でないですが、よくやってると言えます[いいね]

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akuma

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生きるのに精一杯努力してますよ
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カステラマニアックス

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しなければいけない時
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憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

自分の矜持のためになると思った時
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ソマチッド

ソマチッド

固定観念を崩した時
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山田

山田

私が努力するのは、必要に迫られたときか、自分の中で「やる理由」が成立したときだと思います。

外部からの刺激で言えば、締切、危機、損失、生活上の必要です。手続き関係はその典型で、面倒で気力を削られますが、放置できないので終わらせます。誰かに評価されるものではなく、外から見れば必要な処理をしただけでも、自分では努力した感覚があります。

自発的なものでは、JAXAの白いパズルが印象に残っています。見積もりが甘く、枠を作った頃には始めたことを後悔しました。途中で移動すれば崩れる場所だったこともあり、休みながら翌日までかけて完成させました。やらなくてもよいことでしたが、未完成のまま残すより、終わらせたかったのだと思います。それも一つの経験にはなりました。

内部からの衝動としては、好奇心と負けず嫌いがあります。ゲームなら、理解したい、勝ちたいと思えば調べたり研究したりします。一方、必要性も興味も薄く、費用対効果が合わないと判断したことには、あまり努力を向けません。努力できなかったというより、努力を投入する理由が成立しなかった、という方が近いです。

これらを考えると、私にとって重要なのは、外から見える行動量や成果よりも、自分の中の抵抗をどの程度越えたかです。手続きや社会に合わせることは、外から見れば普通に生活しているだけに見えるでしょう。しかし自分の中では、社会に合わせるために相応の調整や負担が生じています。その部分は、一般には努力として認識されにくいと思います。

ただし、それは私だけではないとも思っています。多くの人が、仕事や家族、社会の中での役割を果たすために、何らかの負担を引き受けています。本人にとっては日常なので、努力とは意識していないかもしれません。私が社会に合わせるためにしていることも、程度や内容は違っても、多くの人がしている可能性があります。実際に他人がどれほどの負担を感じているかは、外からは分かりません。

振り返ると、私は努力そのものを目的にしてきたのではなく、必要性、好奇心、負けず嫌い、未完成への抵抗など、自分なりの理由が成立したときに、苦痛や面倒さを引き受けて生きてきたのだと思います。

推敲:ChatGPT
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よん

よん

不器用な人間でして、子供の頃から生きること自体困難なことでした。今だに朝を迎え夕を迎えること自体が努力です。これは不可抗力に対して努力せざる得ない状況です。

学業や仕事で成果を出す時は、強迫観念と達成感、誰かや何かの役に立てているという感覚によって脳内に報酬が生じるため、努力できているのだと思います。

もちろん目標を達成できず、志半ばで撤退したこともありますが、他で活かしているので自分の場合は無駄な努力はありませんでした。

客観的か主観的かでいうと、完全に主観です。

ただ他人から「才能だね」と言ってもらえることのほとんどは。想像を絶するであろう訓練や努力を積んでいるものであることは事実です。

しかし、そろそろ努力しない自分を許してあげたいという葛藤があります。
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