父が子どもを愛すことができるのはなぜ?
母親の場合、妊娠や出産を通して子どもと深く関わるため、愛着が形成されるイメージがあります。一方で父親は、自分の体から子どもが生まれるわけではありません。それなのに、深く愛したり、守りたいと思ったりすることがあります。
これはなぜなのでしょうか。
また、この疑問は父親に限りません。育ての親や祖父母、血縁のない養親なども、実の親と変わらないほど深い愛情を抱くことがあります。
人はなぜ、自分の体から生まれたわけではない子どもを愛することができるのでしょうか。

竹丸
その子を守り育てるための行動の積み重ねが、大切だと思う気持ちを育てるんだと思います。
ご飯を食べさせ、お金を必死に稼ぐ。
子供が喜んだり、笑ってくれた時はとても嬉しい。この子の為にもっとしてあげたい、もっと頑張ろうという思いが、深い愛情だと思います。
だからこそ、その子のために様々な苦労が引き受けられる。それが愛する(質問者さんの言う、愛することができる)ということだと思います。

pophat
少なからず自分が生まれた意味を担保はしてくれる。
孫を物凄く愛す様になるのも、その担保が確証に変わることを本能的に感じてしまうせいなのかも[ほっとする]
幸せホルモンが強制的にガンガン出てしまう[泣き笑い]

伯爵
「ベビースキーマ」って聞いたことはないですか?
これは赤ちゃんに共通する身体的特徴を総称した言葉で、平たく言えば「赤ん坊らしさ」。手足が短い、目の位置が顔半分より下側、おでこが広い。みたいな、キャラクターデザインでもよく意識される要素として有名です。
人間に限らず、こうした特徴を見ると、多くの生物は庇護欲をかき立てられます。「自分のリソースを割いてでも、この対象を庇護することが心地よい」と、脳が一瞬で報酬系をもたらします。
赤の他人と、身内とを分かつのは、「当事者意識」によるものだと思われます。この意識は後天的に育まれる作用ですから、母親だろうが赤ん坊に冷めた個体もいますし、父親なら尚更顕著に差が生まれる気がします。
「自覚を経て、初めて父になる」とも言われますから、この「当事者意識」こそが、父性の鍵になるのではないか?と私は考えます。
脳の作用は主として一時的ですが、日常的になることで愛着へと変わります。
ましてや相手は自分を全力で肯定し、絶対的な存在として頼ってくる存在です。そんな存在はなかなか他で得られるものではありません。
人には互恵性という強い作用があり、大きな愛情にはまた、大きな愛でもって応えようとしますから。
赤ちゃんが笑うのは、嬉しいからではなく、「保護者を笑わせようとしているから」なんて論文もあります。深いですね。
着物男子(🍉
なぜ、そうなるかというとそういう個体のほうが遺伝子を残しやすいからです
ただ遺伝子が次世代に残すためには、相手が若い個体のほうがより遺伝子を残せます
よって親子は非常に遺伝子的に近いし子が若いので利他的行動をとります
ちなみに母親のほうが子供と距離が近いのは自分が確実に産んだので子供の可能性が100パーセントだからです
しかし父親の場合はそうではない
よって父と子のほうが母と子より距離が遠いのです

はぐれすらいむ
子供を保護しないと 種として絶滅する が大前提だと思う
その上でうーん私はあんまり自覚してないけど
自分と近しい自分より弱いものは 愛でたくなるように生存本能にインプットされてるのかもね

たむい
ペットであったり、推し活であったり、
キャバクラであったり。
愛するという行為は、対象からの許可があって初めて成立するものです。
許可がないと、ストーカーであったり師匠ぶってると周りに判断されます。
子供は世間的に愛して問題のない存在です。
そのため父は血の繋がり関係なく、子供を安心して愛すことができます。
父という存在が幼児に食事の介助をするようになったのは平成になってからと、私は認識しています。
それまでは歴史的にも生物的にも母親がしていた行為と思います。
これは核家族化により、おばあちゃんが育児に協力できなくなったため、父親も育児に参加することになったためと私は分析しています。

くりまんじゅうG

