悪役の方がちゃんと生きてますよね
ひとつの信じることに誠実で惹かれます

繋がりの破壊者ラメル

ギゼン

めぐ

釣りパパ 陸戦型
原点はどこか分かりませんが、アニメで言えば富野由悠季系からかなと。海のトリトンとか。
やはりガッチャマンのように揺るぎない正義感を持つヒーローばかりでは観客は飽きてしまいます。
勧善懲悪が受けるのは、世の中に憎まれっ子が憚っていることを示しており、政府の代表のような水戸黄門などをみて溜飲を下げるのだそうです。
逆に、一昔前のルパン三世や必殺仕置人のように泥棒や殺人犯がもて囃される時代は、公権力や政府に不満がある時だそうです。
また別の側面では、視聴者側がほとんどシナリオに変化のない水戸黄門に飽きるという「成熟」されると、少し複雑さを求められたりします。
おそらく最近の傾向はこれかな、と。
さらに、世の中は政権与党も悪だけど、ショッカー的に市民を物理的に脅かす「リベラル」政党は支持しないという大いな苦悩と鬱憤に晒されると、もはや大人になんとかしてもらうというより、幼女がミサイルをぶっ放したりし始めます。
もともと芸能は現実逃避という側面もあると思うので、政権与党というヒーローと戦う悪役の「心の中の俺」の言い分も理解したくなってしまうのかもしれませんね。

歪-Hizumi-
正義は物事の建て前を合理ではなくて感情的に捉えて境界線を曖昧する事でなんとかしてやろうって事だからね。

はる
悪役のひねくれた考え方とか、
一貫性がたまらなく好きですね笑

田中カナタ
主人公はそれが悪いと決めつけて止めようとするのであんまり信念みたいなのがないので薄く見える。

爆乱
見習い
それに対して主人公側は、常に不安定な状態で自問自答をすることが多いです。これは「何が正しいのか」という問いを抱え動くからこそでしょうね。
なので主人公側のその答えを出そうとする姿勢を好むか、悪役の既に結論を出しているある意味での潔さを好むかの違いかもしれません。
なのでどちらが正しいかは別とし、「ちゃんと生きているか」も少し切り離して考えた方がいいかもしれませんね。

らだ
もっとみる 



