共感で繋がるSNS

人間は意味で動いているのか、回路で動いているのか(詳細あり)

言語化できない記憶は「記憶」と呼べるのか?トラウマに見られる無意識的な身体反応は、記憶か単なる条件づけか?
山田

山田

回路寄り。
元バレリーナである認知症の老人が、白鳥の湖を流した途端に踊り出す動画には感銘を受けた。
零次観測の星零次観測の星
GRAVITY
GRAVITY8
コパ🔍

コパ🔍

少なくとも俺は意味で動いている
しかし全ての人間がそうとは思えん
ただの反射で生きている人間も多い
見れば分かる
言われたことを思考せず
反射による感情で動く人間の多いこと
それが君の言う回路で動いているということ
それと言語化できない記憶が記憶ではない?
その感覚が俺には分からん…
すまんな…
実体験がない
零次観測の星零次観測の星
GRAVITY
GRAVITY2
憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

単なる生物の一種
零次観測の星零次観測の星
GRAVITY
GRAVITY10
サト

サト

人間の原動力って大きくわけて
感情、思考、反射によるところがあると思う

それらの「意味」を「回路」で回してるんだろうなと感じた
零次観測の星零次観測の星
GRAVITY
GRAVITY3
はかり

はかり

設問本体の回答ではないが、詳細の側から構造化させてみたいと思います。

まず、それらの学習した事柄を『記憶』と『記録』に分けて考えてみます。

曖昧さの回避の為に具体的に定義します。
また、言語化だけだと射程が狭いので、識別表現という言葉を使用します。
・記憶とは、特定の「識別表現」と「情景データ」のノード同士が、自認可能な強度でエッジを形成した状態である。
・記録とは、その結合強度が不足しているか、識別表現を欠いた生データの蓄積である。

あるいは、それらを二分化せずに結合強度のレベルで捉えるのが賢明であると思われる。

この理屈で考えると、言語化できない記憶は結合強度の低い記憶、あるいは記録であると捉えることができるのではないでしょうか。
零次観測の星零次観測の星
GRAVITY
GRAVITY11
仁

基本というか大本は回路です。そこに意味を貼り付けようとする見栄(自意識)が人間と言う動物の性(サガ)だと思っています。
零次観測の星零次観測の星
GRAVITY1
GRAVITY7
コーユー

コーユー

この問いについて考えてみると、どちらか一方ではなく、両方が重なっていると感じます。

まず記憶は、言葉だけではなく、感覚や感情、身体の反応も含めた“多層的なもの”です。匂いや音、言語化できないイメージも、ちゃんと記憶に含まれます。言葉を話せない赤ちゃんを考えると、これは自然に理解できると思います。

そして行動も、単純に「意識的」か「反射的」かで分けられるものではなく、その間にグラデーションがあります。考えて動くこともあれば、習慣や無意識の反応で動くこともあります。

「回路」とは、この無意識的に働く仕組み全体のことだと捉えています。反射だけでなく、習慣や条件づけも含まれます。

トラウマも同様で、単なる記憶でも条件づけでもなく、その両方が結びついたものです。過去の体験が、感情や身体反応とセットで保存され、特定の刺激に対して無意識に反応が出る状態です。

つまり人間は、意味で考えながらも、回路で動いていると、私は考えています。この二つは対立ではなく、重なり合っているものだと思います。
零次観測の星零次観測の星
GRAVITY
GRAVITY6
〆さば

〆さば

記憶だろうと思います。
反射にも多分脊髄反射と条件反射があって、後者は記憶に紐づいているのではないでしょうか。
零次観測の星零次観測の星
GRAVITY
GRAVITY4