歩み寄るってなんだろう。 歩み寄るについて自由に考察してください。

ゆう@遊歩道🐤
自然に気が合う人とは、歩み寄ることを意識しなくても関係が続く。
価値観が完全に同じではなくても、
「この人との関係は大事にしたい」と思う時、少し理解しようとしたり、言い方を工夫したりすることが、歩み寄るということだと思う。
でも、歩み寄ろうとしても、自分が尊重されない、なぜかひどく疲れてしまう、どちらかが一方的になるようなときは、歩み寄らなくていいと思う。

らかん
自分が相手の方向に歩むのか、それとも待つのか
距離が縮まる前に、既に二人の心はより近い位置になりたい、あるいは近くなる必要があると意識している
お互いの立ち位置の理解と、より近くに立ちたいという更に共通理解があってこそ、歩み寄るという行為が成り立つように思う


吉田賢太郎
君と誰かのあいだに、見えない「線」がある。
それは、自分を守るための盾であり、
他人を入れないための、心のバリア。
その線をこえて、一歩ふみだすこと。
それが「歩み寄る」という、勇気の名前だ。
武の心で、懐(ふところ)へ
怖いけれど、逃げずに一歩、前へ出る。
相手の力が一番強い場所へ、あえて飛び込む。
ぶつかるためじゃない。
相手と「ひとつ」になって、争いを消すためだ。
強さとは、相手を倒す力ではなく、
相手の懐に、静かに入り込める「覚悟」のこと。
仏の心で、壁を溶かす
「自分」と「あいつ」を分ける壁を、そっと降ろしてみる。
相手の悲しみは、いつかの自分の悲しみ。
相手の喜びは、これからの自分の喜び。
「正しい・間違い」のモノサシを一度捨てて、
ただ隣に座ってみる。
心が重なったとき、境界線は光になって消えていく。
科学の力で、明日を変える
心理学は教えてくれる。
君が笑えば、相手の心の鍵もふっと軽くなることを。
物理学は教えてくれる。
二人の重心が近づけば、新しいエネルギーが生まれることを。
自分から動かなければ、景色は止まったまま。
でも、君の一歩が、世界のエントロピー(散らかり)を整えていく。
結論:歩み寄るとは
自分の「正しさ」を、ちょっとだけ横に置いて、
相手の「靴」を履いて、数歩歩いてみること。
それは、自分を負けさせることじゃない。
新しい「私たち」という、
もっと広い世界を創り出すための、一番かっこいい挑戦なんだ。
君の一歩が、誰かの孤独を終わらせるかもしれない。

クラブ
トモモ

ろひたば
仲のいい人が集団のなかにいてあの人になら話しかけやすいから話してみようと歩み寄ったのである

トリアタマ
テーブルに色々乗っている
まる さんかく しかく
透明もある
私が置いたもの
貴方が置いたもの
置いた覚えのないもの
どれも出来た日は覚えてる

pophat
そのうえで1つだけ前提を置きます。
相手は自分より良い(深い、愉しい)考え方を持っているかも知れない。
総じて、
誰かに近付き影響を与えると言うより
相手に自分がどう影響を受けるかを期待すること[ほっとする]
たれぱん
相手の立場が対等か弱い場合に使う気がする。

釣り好き
相手に好意持ち、話す機会を多くして、仲良くなっていく
もっとみる 




