貴方が何かを考える時に基本的に信じているものは?
赤の女王仮説、決定論、自分の存在...
今までの思考を振り返って無意識に前提としてたものを考えてみてもいいかもしれません。
既に疑った経験があるなら再度考え直してみたり、そういえば疑った経験がなかったなら今がその良い機会かもしれません。

たむい
私の考える正解
それぞれの人が考える正解
集団の中での正解
それぞれ異なることが常です
それぞれどんな前提でその正解に至ったかを
想定するようにしています

ぎゃくりゅうさん
私は無意識に
・納得は対話の中で生まれる
・揺れながら考えることを肯定している
・完成された意見より、思考の途中経過を大事にしている
・真理より「対話による理解」を重視している
と思います(AIによる分析)。
言い換えれば、「人は対話によってより深くなれる」 という前提を持っている気がします。お互いの立ち位置(何を求めているのか、なぜ当該行為をしたのか等)を共有すること、傾聴することは重要であり、対話で実現可能だと信じている気がします。むしろ唯一の救いだとさえ思っているかもしれません。
そのため、もし対話が通じない世界に出会えば、私はひどく絶望するでしょう。
でも最近、迷いがあります。
言語だけでは世界や自分の全てを認識することは不可能なんじゃないか、それならば伝えることも聞くことも、本当は対話だけでは届かない部分があるのではないか。
対話から逃げた経験もあります。互いに対話できるような状態じゃないこともありました。じゃあ、そこで対話しなかった私たちは間違っていたのか?…そうも思わないんですよね。でも、じゃあ、対話以外にどんな手立てがあったでしょうか。
対話が全てだと思っているのに、きっとそれだけではない。
もしそうなら、私は何を信じればいいのでしょうか。
それでも、対話を信じ続けていいのでしょうか。

なつめ🌷
それは、
人は前提を変えられる存在だということ。
環境や過去や構造に影響される。
無意識の思い込みに縛られる。
けれど、それに気づいた瞬間、
少しだけ自由になる。
完全な自由ではない。
でも「再構築の余地」は必ずある。
世界がどうか、よりも
自分の前提を問い直せるかどうか。
私は、そこに可能性を見ている。

