誤解は本当に“悪いこと”なのか?
トラブルの原因になりがちだけど、意味があったりして。

正宗(ろー)
前提差、暗黙知の未共有、言語感覚の違い、文章の捉え方の差異を考慮すると、
〝発話意図⇄解釈〟
のズレが生じるのは当たり前で、誤解が起きていないと認識するのは、認識仕様による錯覚ではないか?と考えます。
誤解が起こるのは必然と捉えれば、誤解が生じたときに『丁寧に確認する』ができますし、これにより大半の人間関係の摩擦を軽減できるとも考えます。
なので、あえて『悪』を考えるならば、『誤解は悪である』という価値観が健康的・文明的ではないと思います。
人間の認知処理は容易に短絡するので、誤解は生まれやすいと思いますし、日本語の言語仕様的にも発話意図が分かりづらいのと、個人の価値観と集団的規範の双方に配慮しないといけないので、『誤解』は多く生まれやすいと思います。
日本で、日本人で、日本語を話すからこそ、『誤解』ついての再検証が必要だと思いました。

仁
原因は、する方だけでなく、させる方にもある場合がある。 そしてそれが作為的な感情でなければ、良い 悪い での評価基準は当てはまらないように思う。

ななな

パピコ
人に知性があり、一定の自由が担保されている以上、行動や考え方に違いが出るのは必然です。
理解する努力を放棄する事は『悪いこと』なのかもしれませんね。

たむい

たると±0👑👿
なるべく相手を誤解させないように…
全部が悪いことではないかな…
だって、誤解されて命拾いすることだってあるでしょ?

サト
すれ違いだとか仲違いの起因になるし
ただ、情報不足とか誤情報だったりによるだろうからその人自信が悪い訳では無いと思う
「過信しない」が大事なんだろうなとは思う

