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死にかけたエピソードを教えて下さい。(物理的・精神的・社会的etc)

目撃談でもokです。
キュラ

キュラ

新しい自転車でかなり急な坂道を下ったあと目の前が壁で、右に曲がる時
「この自転車なら原則無しで曲がれんじゃね?」と競輪の選手が曲がる時体を倒してたのを思い出し思いっきり体を倒して曲がろうとしたら、
ズリッって音と共に壁に大激突して全治3ヶ月程の怪我をした時
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キュラ

キュラ

ホームドアに慣れすぎてつい電車が来るとホームドアの隅に近寄る癖ができて、ホームドアのない駅で電車きたとき電車スレスレで立ってた時
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さたさた

さたさた

物理的には、20歳の時に運転中、追突された時。130キロで飲酒運転だったらしい。
因みに顎を三針縫っただけ。笑。
精神的には、超絶ブラック企業で会議中に上司と取っ組み合いをして退職した時。笑。
割と大きな会社だったから、身内全員から責められた時かなぁ。
社会的には、何度も。笑。自己破産もしたし、無職にもなった。まぁ、なんとか生きては居るから。
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ゆう

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車に跳ねられたこと
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ソマチッド

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自分を裏切った時
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はかり

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死ぬなぁと思ったのは2回ですかね。
1回目は残雪の西穂高で滑落した時です。
木にぶつかって助かりましたが、結構危なかったです。ピッケルがすっぽ抜けた時に思ったのは『あっ死ぬ』これだけでした。
2回目は槍ヶ岳かどっかでホワイトアウトして遭難しかけた時ですかね。
この時思ったのは『やべーよ 死ぬんじゃね? やべーよ さみーよ やべーよ』でした。
死に直面した瞬間よりも死に近づきつつある状況の方が怖いんだなぁと体感しましたね。
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仁

実際、命に関わる事ではなかったのですが、ある日朝起きたら右の視界に半分黒い幕がかかったようになり、その日の仕事終わりに会社の近くの眼科に行きました。診察後、待つように言われ、一番最後にまた診てもらい、明日朝一番で名古屋のある病院に行くように紹介状を書いてもらいました。本人は、右目の半分が見えないくらいで大した事ないつもりでしたが、翌日嫁さんとその病院に行きました。診察を受けると何故か車椅子に座らされ、病院内で待機するように言われ、何事か?とは思いましたが、初めての車椅子を嫁に押してもらいながら病院内を散策しながら楽しんでいました。夕方近く、再度診察室に行くと、今から緊急手術をやります、となり、状態の説明を受けました。網膜に大きな穴が空き、そこから半分以上めくれて、更にそれが裏返り残りの半分にひっついているとの事、僕は?状態であれよあれよで手術室に運び込まれました。目玉に直接麻酔を打たれ、瞼を閉じれないように何かで抑えつけられて、そして目玉の中に棒を突き入れられて、実に2時間近く、ガチャガチャ引っかき回されました。麻酔されてるとはいえ、痛いし、気持ち悪いし、バチンバチンと何百回もレーザーで焼かれ、何度もやめてくれ〜と叫びかけました。
病室に運ばれた時は、心底、疲れ果てていました。しかし、やっと終わったとの安堵感もあったのですが、実はそこからの二週間が本当の地獄の始まりだったのです。
ぐちゃぐちゃに畳まれた網膜を目玉に突っ込んだ棒で少しづつ元に戻しながらレーザーで焼き付けて定着させる手術だったのですが、完全に定着するまで浮力のあるガスを注入して網膜を抑え続ける必要があるのです。僕の剥がれた部分は、目玉の真裏で、つまり常に真下を向いていないといけないと指示されました。24時間✖️二週間です。勿論睡眠中もです。これはもう絶対無理だと思いました。今までうつ伏せで寝たことはないし、寝返りさへダメだと言うのです。しかし同室に5人の患者さんが入院されており、僕は右向きだとか、僕は横になれないんだとか、慰めてもらい、なんとか頑張ってみるか、という気持ちになりました。実際横になれない人は、寝る時も座って寝なければならず、これは僕より大変だと思いました。 そこからの二週間、ご飯を食べる時も、人と話す時も、体を洗う時も、ずっと下向き、夜中寝てても寝返りすると見回りの看護師さんに起こされま
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榛

精神的な話で恐縮ですが

私は精神科通院歴があり、かつ色々原因が重なり生活が荒れていた時期にそれを心配した(しすぎた)親から実家帰省指示
自分のことは自分でやりたいまだ大丈夫だから放っておいてほしい(当時の私も私で強情になりすぎていた節があった)と伝えたところ

「いつまで甘えたこと言ってるの?」
「あなたは病気なんだよ、自立できてないから病気になる」
「だから何もできないの、私の助けがないとあなたは何もできなくて生きていけないんだよ」

なおこの時点で通院はしておらず(薬も病院も合わず、結局のところ自分の生活習慣を改善することでマシになったため)、一人暮らしも5年目に入っていた

(当時の日記より)
なんか、「お前は病気なんだよ。」と言われたことが、じわじわと毒を帯びてきて、痛みが、苦しみが、しんどい ああ私病気なんだ。私病気なんだ。病気なんだ。病気だから自立してなくて何もできないと思われていて、私病気なんだ!!
自立していたい、私は望んで孤独を選んでいる だというのに、それがたまに、とてつもなく苦しいのはなぜ? まだ私は、私の望む形で愛されたい、守られたい、大切にされたいと、どこかで願っている 私はわがままかな 私はおかしいかな 孤独でいたいと願ったくせに、1人は寂しい怖いとどこかで思い続けてる
私は結局、家族の中でいつまでも、頭が悪くて幼くて愚かでイカれている長女のままですか。

その後色々あって落ち着いた生活に戻ったのが今 別に親も出発が悪意だったわけではなく、心配が過干渉に転じてるタイプなので 昔も今も馬が合わないというだけの話
これ系の話を挙げ始めたらキリがないけど、適切な距離って大事ね〜としみじみ思います
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正宗(ろー)

正宗(ろー)

太腿の前部分を15針くらい縫う怪我をしたとき。

医療的には1次救命の範疇(より対処が難しくなると2次救急、3次救急)だけど、身体が鉛のように重いんだけど、重力が無くなるような感じと、ゾッとするような死の気配を体感した。

このまま『処置』しなかったら確実に死ぬんだなという感覚。

当時は軽くない希死念慮にあったから、死↔死にたくないの境界線に立っているという事実が、脳に苛烈な衝撃を与えたと思う。

痛みの記憶はなく、縫合しているときの、肌の中を糸が通る不快感を鮮明に覚えている。

そこから一ヶ月くらい鶏肉が食べられなくなった。

骨折と違ってギブスも松葉杖も役に立たないし、寝返りも打てないし、かといって入院するほど重症でも無いので、生活が大変だった。働かないと収入も無いため。

たしか20歳あたりのとき。

母子家庭、貧困、無常感、母の想い、自分の無能感、自己の能力は自分の中では確立しているが社会とのギャップ、ギャンブル依存𝒆𝒕𝒄.で荒れている時期だったと思う。

野生動物は足を骨折したら、それはもう即座に死を意味するということを昔知った。
狩りもできないし、争いでは勝てないし、逃げることもできなくなるから。
運よく脅威と遭遇しなくても徐々に衰弱する。

人間では治る骨折が即座に死に繋がるのは野生の世界の掟とはいえ厳しい現実だと思う。

貧困の難しいところは生活費に余裕がないとかそういうことではなくて、ほんのちょっとの油断や不注意で希望の糸がプツッと簡単に切れること。

そしてそのことを相談できる相手がいないこと。

そしてその状態のときには自分の精神状態は泣くことすらできないくらい傷ついていること。

勉強したかったけど肉体労働と飲食店くらいしか就ける仕事が無かったので本当に辛かった。

自分が苦しんでいると母がより悲しむから、母を悲しませたくない想いも強く、なにより母のがんばりを否定したくない。

同年代の人が親からお小遣いもらいながら一人暮らししているのは別世界に見えた。

こういう差異があるのに、勉強は個人努力とか努力が足りないと言われるのは今でもちょっと納得ができない。

だからせめて教育だけは質の高いものを無償で提供できるようなプラットフォームを創りたいと強く願ってる。
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〆さば

〆さば

つい先月、自転車で宙を舞いました。
このメガネがこめかみに刺さってたんだぜ…
いっぺんに六箇所骨折したのは流石にびっくり!
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