遺産や負債の始末をして法的に効力のある遺言書を作成するあたりじゃね?そんで『ゴール』してから、クールダウンで軽くジョギングするように人生を流して運動を終えていくんだろうな。もちろん、ゴールできるかは知らん。何らかの事情で途中で走れなくなったりコースアウトすることもあるかも知れん。だから人生をレースに喩えるなら死ぬことはゴールじゃないんよ。それだと、人生を走れなくなったら――事故死でも病死でも自死でも何でもそれがゴールなんだとしたら――人はいつでも好きにゴールできることになる。リタイアも失格もゴールじゃないし、足を止めることは即座にはリタイアにならない。最終的にゴールできればいいし、或いはゴールしたくないなら、ただ走ることを楽しんでもいい。できることは全部やって仮にゴールしても、すぐには走り終われない。コースから自分の足で出ていかないと。急に走り終えるんじゃなくて、少しクールダウンだ。色々考える。もう疲れたから走りたくないとか、まだ少しだけ走っていたいとか。どこをどう走ってきたか、誰と走ってきたか。順位はどれくらいか。楽しかった?苦しかった?楽しくなかった?苦しくなかった?足は痛むか?心は痛むか?いつまでもどこまでも道は続かない。ゴールして、ゴールの先には歓声が待っているか、ライバルが待っているか、懐かしい人や愛する人、好きな人も嫌いな人もそこにはいるだろうか、いないだろうか。せめて、家族や友人にはそこにいて欲しい。歴史に名を残すような成績は望めなくてもせめて言葉くらいは遺したい。まだコースにいるランナー達にエールを、観客達にメッセージを。心残りのないように、遺書を。それくらいの感じだと思う。知らんけど。